本編1

□口は災いの元
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 蒼光は今、物凄い表情で殺気さえ滲ませながら火影の執務室へ向かっていた。
 実際は暗部面を被っている為、どのような表情なのかは周りの者にわからないはずなのだが、その雰囲気から彼の機嫌が悪いことくらいは容易に想像がつく。
背後から必死に蒼光の名を呼びながら刹葵と鵠紫が追いかけているのだが、それもまったく意に介さず、真っ直ぐ目的地に向かっていた。
「蒼闇!」
 バタン! と彼らしくない大きな音を立てて火影の執務室へ入り、三代目と任務書を確認していた蒼闇に一直線でやってくると、ぶつかるような勢いで抱きついた。
「蒼光!?」
 危うく後ろに倒れそうになるのを必死で踏みとどまった蒼闇は、彼の行動が理解できず、驚いた様子で名を呼ぶ。
それにわずかに反応した蒼光だったが、何も話さず、ただ、無言で抱きついていた。
 わけがわからないながらも、彼が酷く怒り、傷ついていることを感じ取った蒼闇は落ち着かせるように抱き締め返し、背中を撫でる。
それが功を奏したのか、少しずつだが落ち着いてきた蒼光に話を聞こうと口を開きかけたその瞬間―――
「蒼光様!」
「話を聞いて下さい! 蒼光様!」
 開け放たれていた入口から焦ったように現れた二人の暗部。
その姿になんとなく原因の予想が出来てしまった蒼闇は、大きな溜息を吐いた。
「……口は禍の元と言う言葉を知っていますか……刹葵、鵠紫」
 うっすらと笑みを浮かべて問い掛ける蒼闇は、暗部面をかぶっていてもその恐ろしさが滲み出ていて、
蒼光を追いかけてきた刹葵と鵠紫は、カチン、と硬直した。








 話は少し前に遡る。
 暗部待機室にて、刹葵と鵠紫は次の任務までの時間潰しの為、お茶を飲みながら話をしていた。
その場には同じように時間潰しをしている数人の暗部がいて、最近の出来事など情報の交換をして有意義な時間を過ごしていた。
 刹葵と鵠紫と言えば、暗部内ではちょっとした有名人である。
それは、先日の暗部総隊長、総副隊長就任の件で蒼闇に楯突いたにもかかわらず、全暗部憧れの的の蒼光、蒼闇と共に任務をし、あまつさえ現在何故か目を掛けられている果報者だからだ。
 自然、暗部達は彼らと話すと、蒼光、蒼闇の話を聞きたがり、刹葵と鵠紫は自慢げに彼らとの任務で感じたすごさを話して聞かせるのだ。
 今宵もいつもと同じように蒼光と蒼闇の話をせがまれ、得意げに話していた。
「蒼闇様といえば一番すごかったのは最後の任務だな」
「ああ、蒼闇様のすごさを改めて感じた」
 任務の時の事を思い出しながら話す二人の声は待機室に響いていて、たまたま通り過ぎようとした蒼光の耳にも入ることになった。
「何を話しているんだ、二人とも」
 蒼光が声を掛けたのは、単に興味が湧いたからだった。
耳に入った限りでは蒼闇の悪口ではなく、賞賛するものだったし、大切な人が賞賛されるのは気分がいい。
どんな話をしているのか、と少々気になっただけだったのだが、その選択が良くなかった。
「あ、蒼光様!」
 声を掛けられて跪こうとする刹葵と鵠紫、それに周囲の暗部達に苦笑しながら推しとどめた蒼光は、重ねて訊ねた。
「待機中だろう、気にしなくていい。先程蒼闇の名が耳に入ったからな、単純に何を話しているのか興味が湧いただけだったんだが」
「そうでしたか、いえ、先日の同行させていただいた最後の任務の話をしていたのです」
「蒼闇様の策は俺達には予測できぬすごいものでしたので」
「へえ…最後の任務と言うと、罠だったSSS任務のことか」
 少し考えた蒼光が最後の言葉から割り出した任務を口にすると、刹葵と鵠紫が勢いよく頷いた。
「はい、そうです!」
「あの任務、本来は蒼闇様の単独任務だったのですが、無理を言ってご一緒させて貰いました」
「最初、蒼闇様がわざと捕まった時は、本当に捕まったのではないかと思うくらい迫真の演技で、蒼闇様がターゲットに襲われそうになった時は俺も動くなという言いつけを忘れて飛び出しそうになりました」
「……なんだって?」
「え、はい、蒼闇様は情報を引き出す為にご自身を囮に使われたのです。奴らは蒼闇様を拷問する前に精神的屈辱を味合わせるのだと、陵辱しようとして……」
「ですが、蒼闇様はそれを逆に利用して、言葉巧みに誘導し、全ての情報を引き出してしまわれたのです!」
「……っ」
 刹葵の最後の言葉は蒼光の耳には入っていなかった。
 蒼闇を陵辱しようとした……その言葉を聞いた途端、蒼光の中で負の感情が湧き上がる。
怒りとも悲しみともつかない気持ち悪い感情。
 蒼光は無言で殺気を湧き上がらせると、気配を探り蒼闇の元へと向かったのだった。
 驚いたのは刹葵と鵠紫だ。
何も悪いことを言った覚えはないのに急に殺気を漲らせた蒼光に何か弁解をしなくてはと急いで追いかけた。
そして辿り着いた三代目の執務室で目にしたものは、蒼闇に抱きつく蒼光と、優しく抱きしめながら、自分達に冷徹な視線を向ける蒼闇。
 そして告げられた最終宣告。
「……口は禍の元と言う言葉を知っていますか……刹葵、鵠紫」






 必死で弁解をする刹葵と鵠紫の言葉はことごとく蒼闇に無視された。
蒼闇からひと睨みされて、逆に黙らざるを得なくなった二人。
そんな彼らの心境など意に介さず、蒼闇はまず大切な人の気持ちを浮上させることが先決だと、優しく声を掛けた。
「蒼光……今の貴方の気持ちを聞かせていただけますか。でないと私は謝罪も弁解も出来ない」
 蒼闇の優しい言葉に、蒼光は顔を上げて暗部面から覗く蒼闇の瞳を見据えた。
そこにあったのは蒼光への気遣いと愛しいという想い。
 向けられた想いに気持ちが浮上しつつあった蒼光は、蒼光の姿である時の彼とは想像もつかない弱々しい声で蒼闇に告げた。
「……罠にわざと嵌ったってことは聞いてたけど、陵辱されそうになったなんて聞いてない……俺はお前の何? 俺はそんなに頼りない?」
 蒼光の言葉に蒼闇は想いが溢れ抱き締める力を強めて耳元で囁いた。
「申し訳ありません。大切な貴方だからこそ、心配掛けさせたくなかったのです。確かに、陵辱されそうになりましたが、未遂に終わらせました。私の全ては貴方のもの。その誓いに偽りはありません。信じていただけますか」
 想いの篭った囁きに、蒼光は全身が火照るのを感じながら、小さく頷く。
「今度は…隠すな。任務をやってたら今回のようなことがあるのはわかってる。でも、俺の知らない所でお前がそんな状況に陥っているなんて耐えられない、だから……」
「ええ、わかりました。誓います」
「ならいい、今回は許す」
「ありがとうございます」
 体を離し、ようやくいつもの蒼光に戻ったことに、蒼闇は安堵する。
そして、今の場面を見て呆然としている刹葵と鵠紫に視線を向けた。
「暗部たる者、任務内容を軽々しく口にするなど言語道断です。あなた達、覚悟しておいて下さいね」
「そ、蒼闇様っ」
「そんなっ…」
 恐ろしい宣告に二人が真っ青になっていく。
蒼光を縋るように見たが、蒼闇の言い分はもっともの為、助けるつもりはない様子。
「私達との任務をこなすことができたのです、死にはしないでしょう。当分は頑張ってもらいますよ」
 声は優しいのに見据えられる視線は恐ろしい殺気がこもっていて。
刹葵と鵠紫は逃げられないことを悟った。






 一週間後、ぼろぼろになりながらも死なずに大量の任務をこなした二人は、ようやく許しをもらい、安堵した。
 そして、落ち着いた所で思い出される蒼光と蒼闇のやり取りの一部始終。
「なあ、蒼光様と蒼闇様って……」
「ああ、たぶんな」
 二人の雰囲気から恋人同士の関係なのだと悟ってしまった刹葵と鵠紫だったが、このことは彼らの胸にしまわれた。
 蒼闇の怒りを買うのは二度とごめんだという一つの誓いと共に。
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