本編1

□予兆
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「シカマル〜、大丈夫〜?」
 のんびりした声の中に心配そうな感情を含ませて入って来た人物を見て、シカマルは僅かに表情を和ませた。
その背後にはもう一人花束を抱えた女の子が見える。
 どちらもシカマルには馴染みの顔。同じ年の幼馴染、秋道チョウジと山中いのだ。
「また何か無理したんじゃないー? 最近、じょうぶになってきたからって油断しすぎよー」
「べつに無理したわけじゃねーよ」
 勝手に決めんじゃねーと不機嫌な顔をしながらも、内心鋭い指摘に苦笑いを浮かべた。
 無理したのは事実なのだ。
先日から暗部の任務リストの中に気になる件を見つけて独自に調べていた。
情報を探って整理するのに、思いがけず頭の活動を開放せざるを得なくなり、制御しきれず体が参ってしまったのだ。
 五歳の体では未だ限界を迎えるのが早い。
思うようにならないことを歯痒く思いながら、今夜の任務までには体調を回復させなければ、とベットに横になっていたのだった。
「まあいいわ、そう言う事にしてあげる。これおみまいいよ、早く治しなさいよねー」
 口調とは裏腹に心配そうな感情を含ませている彼女の心遣いに、シカマルもわりいな、と花束を受け取る。
それが気に入らなかったいのは、腰に手をやって、ムッとした表情で口を挟んだ。
「シカマル! そこはわりいな、じゃなくて、ありがとう、でしょ。こんな時くらい素直に言いなさいよ!」
「へいへい、ありがとな」
「心がこもってない!」
「うるせーな、細かいこと気にすんじゃねーよ」
「気にするわよー」
「いの、シカマルは病人なんだから、そのくらいで止めようよ。シカマルも、無理しちゃダメだよ」
 二人の軽い言葉の応酬は、チョウジの一言でぴたりと止まる。
チョウジは暢気なようで、物事の道理をしっかりと突いてくる為、それ以上の反論が出来なくなるのだ。
「…わかったわよ。チョウジに免じて今日は許してあげる。でも、元気な時は容赦しないんだから」
「めんどくせーな」
「なんか言った?」
「なんでもねー」
 他愛のないやり取りをしながら、シカマルは、先程まで発熱して苛々していた気分が穏やかになるのを客観的に感じていた。
こういう時、二人の事をけっこう気に入っているんだな、と実感する。
 親の教育が良かったのか、もともとの素質なのか、チョウジもいのも五歳にして物事の善し悪しを見極める目を備えていた。
無知なようでいて、肝心の部分はしっかりと判断してくる。見た目だけに惑わされない。
将来成長した時、忍として、時期当主として、皆を良い方向に導いていけるであろうことは明白だった。
「でも、そんな調子で本当に大丈夫なの? 来年はアカデミーでしょ?」
 感情の矛先を収めたいのは、表情を曇らせながらシカマルに訊ねる。
チョウジも心配していたのか、同じように頷きシカマルの様子を窺っていた。
「来年って、俺がアカデミーに通う事は決定事項かよ。行かないっていう選択肢は考えないのか?」
「だって、シカマル、忍になるつもりでしょー?」
「シカマルの判断力は忍に向いてるしね」
 二人にあっさりと言われて、シカマルは一瞬ぽかんとしていたが、すぐにククク、と笑い出した。
「お前ら、よく見てんのな」
 ひとしきり笑った後、楽しそうに言うシカマルに、チョウジといのは困り顔でお互いを見やった。
「だって、物心ついた時から一緒にいるでしょ。シカマルのこと全て知ってるなんて言わないけど、ある程度はわかるわよ」
「そうだよー、シカマルだって僕達のことわかるでしょ?」
「…ああ、まあな」
 シカマルは曖昧な笑みを浮かべて肯定する。
二人に付き合ってきたシカマルの三分の二は、実は影分身だということが返答を躊躇わせたのだ。
後悔はしないが、気に入っている奴らだけに良心が痛む。
「で、話を戻すけど、シカマルは大丈夫? 私達、来年の入学に向けてパパ達に修行つけてもらってるのよ」
「シカマルは体弱いでしょ、僕達これからも一緒にいたいから、その為に出来ることがあるなら何でもやってみようって思ってるんだけど」
「おまえら……」
 思いがけない二人の告白にシカマルは驚く。
じわり、と胸の奥が温かくなるのを感じながら二人を見つめた。
五歳の彼らが思っている事を言葉にして正確に伝えるのは難しい。
言っている事がとびとびで、大人が聞けば飛躍し過ぎてわけがわからないだろう。
しかし、シカマルには二人が言いたい事が十分伝わった。
二人は、体の弱いシカマルをサポートする為に力をつけると言ってくれているのだ。
実際は体が弱いわけではないのでそのような必要はまったくないのだが、彼らはそれを知らない。
幼馴染として思いやってくれる気持ちをシカマルは嬉しく思った。
「べ、べつに、シカマルの為だけじゃないからね! ほら、私達旧家でそれぞれ継がなきゃいけない術があるからどうせアカデミーに入る前に修行しなくちゃいけないし、それに、前に約束した、三人でパパ達を超える最強の三人一組(スリーマンセル)を組むっていうの、あんたがいないと実現しないじゃない。だからしかたなく、なんだからねー」
 顔を紅潮させながら言い訳するいのに、シカマルは酷く優しい表情で微笑を浮かべる。
それは、ナルトの前でしか出さない彼の心からの微笑で。
見たことがなかった二人は、微笑んだシカマルの美しさに思わず見惚れてしまっていた。
「ありがとな、二人とも。俺のことは問題ねーから気にするな。アカデミー入学まで一年あるし、それまでに体は鍛える。迷惑かけねーよ」
 穏やかに告げられる言葉の意味を数秒後に気付いて把握した二人は、赤い顔を戻すことが出来ないまま無言で頷いた。
「じ、じゃあシカマル、僕達は帰るね。早く良くなって一緒に遊ぼう」
「ああ、今日は来てくれてありがとな」
 いのを急かしながら挨拶をするチョウジを不思議に思いながらも、シカマルは礼を言った。
いのもチョウジに急かされたことで我に返り、挨拶もそこそこに部屋を出て行った。
 シカマルは二人の気配が家から消えるのと同時に素に戻り、軽く吐息を吐く。
思いがけなく嬉しい気持ちにさせてくれた二人に幼馴染が彼らでよかったと心から思う。
これがナルトを蔑む里人と同じような輩だったら目も当てられなかっただろう。
表で生きるのが更に苦痛になっていたはずだ。
「アカデミーか…」
 それにしても、とシカマルは先程会話に出てきた来年のことを思う。
 アカデミーは通常五歳〜六歳で入学し、約六年間の内に学んで下忍になる。
個人の才能によっては飛び級もありえる為、必ずしも十一歳〜十二歳で卒業するとは限らない。
最近ではうちはイタチが弱冠七歳で下忍になっている。
 シカマルは家が旧家である以上、表立って忍の道に進むことは避けられない。
当然実力を隠し、目立たないようにするつもりだ。
ナルトを守る為にも旧家の名は有効だと思っているのである程度の地位には就くつもりだが。
 自分についてはそれでいいと思っているが、ナルトはどうするだろうか。
彼自身、表に出るつもりがさらさらないらしいのは、一緒に過ごしていてわかっていた。
しかし、それで本当に良いのだろうか?
 このままずっとナルトを独り占めしていたい。
そんな思いがないとは言えない。むしろ、日に日に強くなっている。
これが親友に対するものではなく、恋愛感情を含んでいるという事も自覚の上だ。
 だが、ナルトにとって良いことなのかと言われたら、おそらく答えは否だ。
理由はナルトの環境にある。
 ナルトは人と接することが殆どない。心を許せるのもシカマルと三代目のみ。
家族や幼馴染がいて、愛情を注いでくれるシカマルとは違って感情をはぐくむ場所があまりにも少なすぎる
のだ。
 ナルトの為を思うならもっと人と接する機会を増やさなければならない。
でも、それには大きな危険を伴うのも事実。
表に出たナルトを受け入れる存在が果たしてどれほどいるのだろうか。
ただ、同年代の世代は、三代目の発令した掟により、ナルトが器だと言うことを知らない。
それが吉と出るか凶と出るか……
「三代目に話してみるか」
 シカマルは三代目の顔を思い出しながら無意識に呟く。
三代目のことだ、似たようなことを考えている可能性は高い。
アカデミーの入学の話を持ちかけてみて、三代目の考えによって方向性を定める。それが良いだろう。
 それから、ナルトの心のケアについても考えなければならない。
表に出たことが凶となった時、彼の心を休める場所が必要となる。
ずっと一緒にいてやることが出来れば一番良いのだが、それは少々難しい。
「いずれにしても、一年ある。それまでに考えるか」
 発熱でけだるい今の状態で考えても埒が明かないと、思考を遮断し、深々とベッドに潜り込む。
 夜には会える愛しい人を思いつつ、意識は闇に飲まれていった。
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