本編1

□睡眠
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「眠らないのですか?」
 蒼闇は蒼光が木に凭れかかり、目を瞑りながらも眠っていないことに気付き、声を掛けた。
蒼光はバツの悪そうな表情をしながら目を開き、躊躇いながらも小さな声で呟いた。
「眠れないんだ……」
「えっ……」
「人の気配がする所で眠ることが出来ない。…蒼闇の前では安心して眠れるって思ったのに……」
 蒼光の言葉を聞いて、蒼闇は愕然とする。  
以前、睡眠中の彼の傍に近づいた時は、起きることなく、ぐっすりと眠ってくれていたはずだ。
あれは、何かの間違いだったのか?  
蒼闇の言いたいことがわかったのだろう、蒼光は疑問に答えるように口を開いた。
「眠ってからならいいんだ。三代目と蒼闇の気配は眠りを妨げないし、安心して眠れる。だけど、起きている状態から傍にいると眠れない……」
 辛そうな表情の蒼光に、蒼闇は自分の気持ちを仕舞い込み、彼をそっと抱き締めた。
「その話は後にしましょう。取敢えず当面のことを先に。私の気配があなたの眠りを妨げるのであれば、私は離れましょうか? それとも気配立ちの結界を張りましょうか?」
 気遣い、あれこれと提案してくれる蒼闇に蒼光は力なく首を振った。
「いい、今夜はこのまま起きてる」
「ですが蒼光、今日の任務はSSS(トリプルエス)クラス。場所も往路だけで一日かかります。往復して帰る間、まったく眠らないおつもりですか」
「ああ。別にそう珍しいことじゃない。蒼闇だってここ数日寝てないだろ」
 蒼光の言葉に蒼闇はぐっと詰まる。
 確かに、ここ二、三日忙しい日が続き、殆ど眠らない状態が続いている。だがそんなことを把握されているとは思いもしなかった。
蒼闇にはその頭脳ゆえに、蒼光はその桁違いの能力ゆえに、お互い別々で特殊な任務を与えられることも多い。
そうなると必然的にすれ違うことも多く、どのような状況にあるかなど、把握は難しいだろうと思っていたのだ。
「よく……ご存知でしたね。三代目にでも訊かれましたか」
「暗部の任務内容全てを把握しているのがお前だけだと思うなよ? 俺だってそれくらいは出来る。お前だって俺の状況、把握しているじゃないか」
 蒼光の非難めいた言葉に否定できず、蒼闇は無言で返す。
彼のことが心配で任務状況を把握しているのは確かだし、そのついでとばかりに木の葉に来る暗部の任務全てを把握しているのも事実なのだ。
「確かに、私も数日寝ていませんが、今日は眠るつもりでした。言わせていただければあなたも私と同じ状況のはずです。眠っていない日が四日目、五日目となればその分危険なことくらいあなたならお分かりのはずでしょう?」
 眠れる時に眠っておくのは忍としての鉄則。
危険な任務の前ではほんの少しの判断ミスが死に直結しかねない為、出来るだけ万全の状態で行くことが必要となる。蒼光もそれは重々承知していた。
 だが、体が眠ってくれないのだ、どうしろと言うのか。
かといって、蒼闇に結界を張らせて負担を掛けるのも、彼が傍から離れるのも蒼光には耐えられなかった。
「嫌なんだ。お前が俺のために無理するのは。頼むから今回は見逃してくれ」
 そう言われてしまっては、蒼闇に言えることは何もなく。
不承不承頷くしかなかった。
「では、私もお付き合いします。それが最大限の譲歩ですよ」
「蒼闇っ…」
 蒼闇の言葉に蒼光は抗議の声を上げる。
先程、寝ることの重要性をあれほど説いていた本人が眠らず一緒に起きていると言うのだ。
「言いたいことはわかりますし、いいやり方ではないことも承知の上です。それでも、私は体力面よりも精神面を選びます。あなたが眠れないのに私だけ眠るのは自分自身が許せなくなる。私のためを思うなら、認めて下さい」
「……わかった…ごめん」
「詫びの言葉は要りません、私の身勝手ですから」
「蒼闇……」
 蒼闇の心に触れた蒼光は、手を伸ばして思い切り彼に抱きつく。
罪悪感を感じながらも、嬉しさを隠せない自分に蒼光は複雑な思いを抱えたまま、蒼闇の温もりを感じていた。
抱きつかれた蒼闇も、蒼光を抱き返しながら、同じような思いを抱えていた。
ただ、帰ったら蒼光の眠れない原因を探ってみようとそれだけは決心していた。
「蒼闇、甘えても……いいか?」
 蒼光が抱きついたまま、ぽつりと漏らす。
暗部になってから今まで、変化時の姿で甘えたことのなかった蒼光の言葉に、蒼闇は驚きながらも微笑みと共に受け入れる。
「私が拒否するわけないでしょう、いくらでも甘えて下さい」
「フッ…そんなこと言ったら付け上がるぞ? いいのか?」
「どんどん付け上がって下さい。その方が私も嬉しいです」
 体勢を変え、蒼闇に凭れて背後から抱き締められる形で落ち着いた蒼光は、途切れ途切れに取り留めのない会話を交わしながらその夜を明かした。






 懸念された任務も無事に終え、往路のような甘い一夜を復路でも過ごした二人は、それぞれの家に帰り着いてから今までの不足を解消するかのように睡眠を貪った。
 シカマルが睡眠をとり、気分をすっきりさせたのが、ほぼ一日を過ぎた頃。
眠ったまま起きないシカマルに両親が心配したのはいうまでもないが、そんなことを気にするシカマルではなく。
起きて一番に気にしたのはナルトのこと。
 すぐさま影分身を自宅に置き、三代目宅にあるナルトの部屋を訪れた。
 ナルトは未だ三代目の結界の中でぐっすりと眠っていた。
シカマルが結界をすり抜けて傍に立っても起きようとせず、ピクリとも反応を示さない。
「寝ている時は眠りを妨げない、か」
 ナルトの様子にシカマルは全てが拒否されているのではないとわかり、内心ホッとする。
同時に、起きている状態から傍にいると眠れないということについて、原因を頭の中で模索し始めた。
「まあ、心因性のものであることは間違いないだろうが……」
 シカマルはナルトの頭をそっと撫でながら呟く。
 原因自体はナルトに確認しないとはっきりしないが、生まれてから今までの中で経験した何かが彼の心の奥に残り、現在の状況を生み出しているのは間違いないない。
「お前は一体どれほどのものを抱えているんだろうな……」
 シカマルは表情を曇らせながらナルトが一人で抱え込まなくなる日が早く来ることを祈った。
 ナルトが目覚めたのはそれから数分後のことだった。
 温かいぬくもりを感じて覚醒したナルトは、優しい表情をしたシカマルが目の前にいるのを認識して、湧き上がる感情のまま、微笑みを浮かべる。
「シカ……」
「おはよう、ナル。目、覚めたか」
「うん」
 温かいぬくもりの原因はシカマルの手だと気付き、頭の上にある彼の手を掴んで腕に抱き込む。
その拍子にバランスを崩したシカマルの体はベッドに傾き、ナルトの上に落ちた。
「うわっ、ナル!」
 急なことで支えきれなかったシカマルは驚いた顔でナルトに抗議する。
ナルトはクスクス笑い、シカマルに抱きついた。
「あーシカだー」
 嬉しそうに笑うナルトに、シカマルも抗議をやめ、苦笑を浮かべる。
「やけに甘えたがりだな、ナル」
 からかい混じりに言ってみると、ナルトは怒る風もなく、笑顔のまま答えた。
「今日は甘えたい気分なんだからいいだろ」
そう言ってますますしがみ付くナルトに、シカマルはしょうがないな、と呟きながらも嬉しそうに受け入れた。
「ナル、ちょっと訊いていいか?」
「んー? 眠れない原因の話?」
「ああ」
 唐突に切り出したシカマルに、ナルトもすぐに察して僅かに表情を翳らせる。
それに気付いたシカマルは、こつんと頭同士をくっつけてナルトに言った。
「ナル、思い出すの、嫌か? 嫌なら訊かない」
「……いい。シカの傍で眠れないの、結構辛かったから、何か変わるならシカに話す」
「わかった」
 ナルトの前向きな決心にシカマルは表情を和らげ、一つ頷いた。
「じゃ、ナル、今まで、お前が眠る瞬間に嫌な光景を見たことはあったか?」
 嫌な光景、と聞かれたナルトは頭の中で記憶を引き出しながら過去を遡った。
その姿は顔を顰めて辛そうで。
殆どの記憶がよいものではないことを物語っていた。
「…あ、あった。初めて毒を盛られた時だ。急に苦しくなって、意識がかすんで、ブラックアウトする前に歪んだ表情で憎しみを向ける世話係を見て……眠るのとはまた違うけどこれってシカの聞きたい内容で合ってる?」
 語られた内容にシカマルは渋い顔をしながらも、肯定する。
「……ナル、寝ている時に嫌な目に合った、という記憶はあるか?」
「ん……ないな、寝ている時は。いい記憶ならあるけど。あの頃はじいちゃんが寝ている時に来ては優しいぬくもりをくれた。単に、里の復興に忙しくて俺の寝ている時間しか来れなかっただけらしいけど」
 話を聞いたシカマルは、何度も小さく頷き、得心顔でナルトを見た。
「ナル、お前が人の気配がある時に眠れないのは、それだな。一種のトラウマだ。毒を盛られた時の記憶が強烈過ぎて無意識下で人の気配を警戒しちまうんだ。だから眠ろうとしても眠れない」
「なるほどね……じゃあ、寝ている時に、じいちゃんとシカなら来ても熟睡できるのはどうして?」
「その答えは二つ目の質問にある。寝ている時のぬくもりは安心できるもの、とナルが覚えているからだ。だから、信頼している者に対する警戒が解除されるんだ」
「あ……」
 シカマルに言われてナルトは頬を赤く染める。シカマルの答えはそのままシカマルを信頼している―――
心を許しているという意味になるからだ。
それに気付いたシカマルは、悪戯っぽく笑い、耳元でありがとな、と囁いた。
「―――っ」
 頬だけでなく顔の全てが真っ赤に染まるのを自覚したナルトはぱっとシカマルから離れ、ベッドから飛び起きる。
シカマルに背を向けた状態で心を落ち着ける為、深呼吸をすると、口を開いた。
「シカ、シカの前で眠ることが出来るようになるかな?」
 ナルトの問いにシカマルは起き上がってベッドに座りながら答えた。
「こればかりはナルの心しだいだな」
「そっか……」
 シカマルと一緒に眠ることが出来る日が本当に来るのか。
見通しがつかず、長い時がかかる気がしてナルトは俯く。
「ナル、無理すんな。俺は平気だ。いつまでだって待ってるから、ゆっくりいこうぜ」
「シカ…」
「先はまだある。俺達はまだ四歳だしな」
「……うん」
 シカマルに励まされ、笑顔を取り戻したナルトは振り向き、シカマルに笑いかける。
シカマルは、そんなナルトに笑い返し、立ち上がって彼の頭をくしゃりと撫でた。
「さて、三代目の所にでもいくか。任務手伝いに」
「うん」
 二人は次の任務を消化すべく三代目の元へと向かう。
―――絆の深さを示すように、お互いの手を握り締めて。
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