本編1

□入隊
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愛しむべき金の髪の幼子が今まで見たことのない穏やかな笑顔で連れてきた黒い髪の幼子。
 彼を見た瞬間、三代目は息を呑む。  
闇の静寂を湛えた瞳に全てを見通したような大人びた気配。
三歳児とは思えない雰囲気に、三代目すら一瞬呑まれそうになった。
「初めてお目にかかります。私は奈良一族当主シカクが一子、シカマルと申します。以後お見知りおき願います」
 礼儀に則った完璧な挨拶。
それだけで才が非凡であることがわかる。
ナルトから事前に聞いていたものの、実際目の当たりにして、ぞくり、と震えが走った。
「おぬしがシカマルか」
 三代目は震えを忘れるかのように一度目を閉じると、席を立ち、シカマルを慈しむように抱きしめる。
「すまなかったの……」
「三代目……?」
 小さく呟かれた言葉にシカマルは驚きの声を上げる。
まさか謝罪の言葉を貰うとは思っていなかったのだ。
「それは…何に対してですか? 影で生きる選択をさせたことに対してですか? それとも自分を隠さざるを得ない環境を作ってしまったことに対してですか?」
「……」
 気を取り直したシカマルの厳しい追求に三代目は無言を持って返す。
二人の様子を見守っていたナルトは不安そうな顔を見せたが、シカマルが本気で追求しているわけではないと気付くとほっとして三代目に声をかけた。
「じいちゃん、取り敢えずシカを放して任務をちょうだい。今夜もSクラス以上の任務が残ってるんだろ?」
 明らかに話題を変えるためのナルトの催促に三代目はシカマルを放し、苦笑いしながら机の上の巻物を取った。
「おお、すまんかったの、ナルト。今夜はこれじゃ。Sクラスが三つ、SS(ダブルエス)クラスが一つ、SSS(トリプルエス)クラスが一つ。受けてくれるか?」
「もちろん、承ります。シカ、どうする?」
「あ? 俺はここで待ってる。三代目と今後のことも話したいしな」
「わかった。さっさと行って終わらせてくるから待ってて!」
「おう、気をつけてな」
「うん」
 シカマルとナルトの短いやり取りを三代目は感心したように眺める。  
説明がなくとも分かり合える、それは即ち互いの信頼の深さを示している。
孤独だったナルトにそのような相手が出来たことを三代目は心から喜んだ。
 ナルトが任務の為出て行った後、三代目はシカマルに感謝を述べた。
「シカマル、ナルトを受け入れてくれてありがとう。あ奴があんなに明るい表情で穏やかに笑う姿をわしは初めて見た。願いながらもわしにはできんかった。感謝しておる」
 シカマルは三代目に頭を下げられて困ったような顔を見せたが、すぐに首を振り、言葉を返した。
「三代目、あなたに礼を言われるようなことではありません。俺は、俺の気持ちに正直でありたかった、ただそれだけです。……それより、あなたに一つ伺いたいことがあります。答えていただけますか?」
「なんじゃ?」
「何故、九尾事件の時、里人に真相の全てを明かさなかったのですか? 明かしていれば少なくとも今ほどナルトにとって酷い環境にはならなかったはず。三代目の考えをお聞かせ願いたい」
 思いもしなかった内容に三代目は言葉を詰まらせる。
それは事件以来、十分すぎるほど悩み続けたことだった。 
 三代目はシカマルの真意を探ろうと、威圧的な視線で見据える。
シカマルはそれを平然と受け止めた。 
 無言のうちの攻防が暫くの間続き、シカマルが真剣でお茶を濁すような答えでは納得しそうにないと判断すると、一つ咳払いをして語り始めた。
「……そのことに関してはわしも悩んだ。あの事件の後、里の者に真相を話そうかと思った。シカマルの言うとおり話しておれば、確かにナルトの環境は変わっておったかもしれん。だが、今の状態を見る限り、確率は五分だろうと思っておる。それに問題もあった。今の環境よりも厳しい立場におかれるかもしれぬ程のものでの、それだけは避けねばならんかったのじゃ」
 自らの真意を包み隠さず語った三代目は、これでよいか? と目でシカマルに問い掛ける。
問題については、あえて口にしなかった。
いくら優れていると言えども三歳の幼子、そこまで理解できるとは思えなかったからだ。
 だが、その考えは見事なまでに裏切られることとなった。
「そういうこと、ですか。あなたは外敵を恐れたのですね」
 シカマルの返答に、三代目は驚き、凝視する。
「何故、そう思った?」
 意図も経緯も飛ばし、結論のみを答えたシカマルに説明を求める。
シカマルは三代目の言葉を予測していたのか、顔色を変えることなく答えた。
「考えれば自然と辿り着きますよ。里の者全てに真相を話す、ということはそれだけ外に漏れやすい。どんなに口止めしたとしても人の口に戸は立てられない。他里にも漏れることになる。その時、話を知った他里が木の葉を潰し、ナルトを…九尾の器を我が物として戦の道具にしようと企むのは目に見えている。だが、九尾事件の後の木の葉は忍不足、未だ生きている者は大量の任務を抱え、きりきり舞いしている状態。とてもじゃないが他里の忍を迎え撃つ余裕などあるわけがない。加えて真相を知ったとしても全員がナルトと九尾を同一視せず、身内を九尾に殺されていても割り切って受け入れることが出来るとは限らない。結果、ナルトは今よりも、もっと苦しい環境に立たされてしまう。あなたはそれを恐れたからこそ九尾事件に関して口外禁止令を出した。そうじゃないですか?」
「……わしの真意を正確に捉えたのはシカマルが初めてじゃ。皆が皆、おぬしのようであればこの里はもっとよい里になったかもしれんの」
 三代目はシカマルの頭の良さに感嘆し、賛辞を送ると共に彼への認識を改めた。
彼を子どもとしてではなく、一人の忍として見、接さなければならない。
上忍でもここまで冷静に分析することが出来るのは一握りもいないのが現状なのだ。
それを考えれば十分敬意を持って対するに値する存在であることは間違いない。
「本当はの、里の者の中にも九尾を知る者が少なからずおった。その者達に期待しておったのじゃが、知っているからこそ九尾が怒った原因が里にあるのだと悟り、抵抗することなく死を受け入れてしもうた。真実を知る者で生き残ったのはほんの僅かじゃ。何も知らぬ者が多く生き残り、その為に憎しみだけが残った。これはわしも予測できなんだ」
「そうですか…ありがとうございました。真意を確認したかったとはいえ、あなたの心を荒らしてしまったこと、お許し下さい」
 シカマルは三代目が誠意を持って心の内全てを明かしてくれたことを悟り、礼を述べた。
その態度は好感が持てるもので、三代目も笑顔で受け入れる。
「三代目、俺はナルトを守りたいと思っています。外面だけではなく、内面…彼の心についてもです。この里で笑顔のまま過ごせるようにすることが俺の願いです。その為にはどんな事もやるつもりでいます。おそらく、汚いことにも手を染めることになるでしょう。今の里は腐りきっている。上の者ほど根が深い。それを正す為、協力していただけますか?」
 シカマルの申し出は三代目にとっても願ってもないことだった。
本来ならば自分が行わなければならないこと。
それを引き受けてくれると言うのだ。
 実際、シカマルの言うとおり上層部は考え方が歪んでいた。
九尾事件で心正しき者、勇敢な者が多く死してしまい、臆病で後方に隠れていた者が残ってしまったという原因もある。
それを正したいとは思っていても、里の建て直しで手一杯の為、そこまで回らないのが現状だった。
「その件についてはわしに否はない。だが、シカマル、おぬしが一人で背負うことはないのじゃぞ? おぬしもまだ三歳。本来ならば闇に身を落とす歳ではないのじゃ」
「ご心配痛み入ります。でも、無用なものですよ。策略は俺の得意分野です。それに、これが自分の身に降りかかる火の粉を払うことにもなります。俺の頭のことが知られたら上層部は危険と見なし、ナルトと同様の扱いをするようになるでしょうから」
 平然と言ってのけるシカマル。
三代目もそれが事実であることがわかっているが故に否定できず、了承の意を示すことしか出来なかった。
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