本編1

□出会い
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 まったくの偶然だった。
シカマルが蔵書館の帰りに禁域の森に足を踏み入れたのも、ナルトが暗部の任務を終えて一度帰ったにもかかわらず、寝付けなくて散歩に出たのも、気が向いたからに過ぎなかった。
 偶然が起こした奇跡のような出会い。
それがお互いの運命を左右するものになろうとは、本人達すら予測できなかった。





「誰…?」
「おめえこそ誰だよ……」
 禁域の森の湖で顔を合わせたナルトとシカマル。  
幼いながらも気配を読むことに長けていた二人は、互いの気配が顔を合わせるまで読めなかったことに多少の驚きを込めて話しかける。
 気配が読めなかったのだ。
本来なら警戒しなければならない所なのだが、何故かそんな気も起こらず、不思議な気持ちでお互いを見つめた。
「…俺はナルト」
「…シカマルだ」
 いつもならば外に出る時は本来の姿を隠す為、変化の術を使っている。
それは危険を避ける為だったり、本質を隠す為だったりするのだが、何故か今日に限って二人とも禁域の森に入った所で変化を解いていた。
よって、瞬時に『ああ、同類なのか』と判断するに至った。
 当然だろう、忍は例外として、普通の大人でも眠りに付くような深夜の時間に、三歳くらいの子どもが気軽に外に出て歩くなんてことはありえないのだから。  
そして気配を感じてわかる忍としての力の度合い。
上忍並どころか火影とでも比べて劣らぬ程の強さを感じていた。
 自身と同じような者がこの里にいようとは。
二人はありえないような事実に直面してお互いに興味を抱く。
話してみたい、そんな気持ちにさせられる相手。
 特にナルトは、今までの経験から火影以外の人間を信用せず、自分の世界に閉じ篭って生きてきた。
負の感情以外のものを相手から感じたり、己の中に人への興味が湧き上がってくるなど、初めてのことで戸惑わずにはいられない。
 シカマルとて、世の中で興味を抱けるような人間に出会ったのはこれが初めてのこと。
このまま何も話さず帰ってしまうのは惜しい気がした。
「なあ、よかったら話、しないか?」
 シカマルは意を決したようにナルトに話しかける。
ナルトは瞳の中にわずかな困惑の色を見せたが、シカマルの真摯な視線を感じて、こくり、と頷いた。
 ナルトの承諾を得たシカマルは湖の畔に座り込み、隣に座るように仕草で示す。
それを受けてナルトも多少の距離を置きながらも素直に座り込んだ。
「ナルト、だったよな。どうしてこんな所にいたんだ? 俺は、蔵書館から帰る途中だったんだが、なんとなく寄り道したくなってここに来たんだ」
 シカマルはナルトに当たり障りのなさそうな内容を選び、会話を始める。
もちろん、自分のことも明かし、相手に警戒を持たせないよう、気を使うことも忘れない。
ナルトもシカマルの意図に気が付き、すぐに応えた。
「……ただの散歩。寝付けなかったから。シカマルは蔵書館に行ったのか。あそこは忍でないと入れないだろう?」
「ああ、だからちょっと変化をな」
 にやり、と意地の悪そうな笑みを浮かべながら片目を瞑ってみせるシカマルにナルトも察して笑みを浮かべる。
つまり、シカマルは忍の姿に変化して不正で入っているということ。
それは、シカマルの実力の確かさを示していて、ナルトが感じた彼への見解に、間違いがないことを証明していた。
 もう少し彼の領域に踏み込んでみたい、そう感じたナルトは、好奇心の向くまま試すような言葉を何も考えずに発した。
「蔵書館にある書物はどれも忍向けのものだぞ? 子どもが読んで楽しいものじゃないだろ?」
「……俺は他人よりも頭の成長が少しばかり早いらしい。物足りねーんだ、与えられる書物じゃあ、な」
「…っ」
 自嘲気味に応えるシカマルに、ナルトは馬鹿なことを言った、と後悔する。
自分が一番されたくないことを彼にしてしまったのだ。
触れられたくない領域に不躾に踏み込むという一番最低なやり方で。
 彼自身、普通の子どもとは違うことを自覚しているからこそ隠してきたことであろうに、それを初対面の人間が暴くような真似をしたのだ。
いくら同類だ、と感じていたとしても、礼儀違反極まりない。
 謝罪の言葉が口を付いて出そうになったナルトだが、かろうじて飲み込む。
この上、謝るということは、あえて明かしてくれた彼の好意を踏みにじるということ。
今彼の好意に報いるには、謝罪ではなく……
「そう、か。……俺は、ちょっと特殊な環境で育った。力がないと生きていけなかった。だから……」
 ナルトの言葉はシカマルも予想していなかったのだろう、不意を付かれたように目を見開くと、しばらくの間、無言でナルトを見続けた。
 二人の間に多少気まずい空気が流れる。
 ナルトはこの状態をどう切り抜けたらよいのかわからず、困ったようにシカマルを見つめ返した。  
シカマルは、そんなナルトの心情に気付きながらも応えることができなかった。
彼自身も予想外のナルト言葉に驚きから抜け出せなかった為だ。
 ナルトの問いについては、彼の想定範囲内だった。
 初対面で問い掛けるには多少礼儀に反するものではあったが、雰囲気としては興味が勝って出るかもしれないと思っていた。
だからこそある程度答える用意はしていたし、知られたとしても問題もないだろう、と思っていた。
 しかし、ナルトがそのことに罪悪感を持ち、自分の情報まで口にするとは思っていなかった。
彼の性格を把握していなかったと言ってしまえばそれまでだが、彼にだって自分以上の、それこそ誰にも言えないだろう秘密があるはずなのだ。
だからこそ多少であっても明かしてくれたということに驚いてしまった。
あまり表情を出すことのない自分が表情に出してしまうほどに。
 結果的に気まずい雰囲気を作ってしまったシカマルは、気を取り直して何か答えようと口を開きかけたが、何かが引っかかり、また口を閉じた。
 引っかかったのはナルトの姿。  
初対面のはずなのに、突然どこかで見たことがあるような気がしたのだ。
気がする≠セけなのかもしれない。
そう思おうとしたが、どうもしっくりこない。
どこで見たのだろうかと彼を見つめながら考えていると、ある人物の姿が脳裏に浮かび上がった。
「お前、もしかして、四代目の血を引いてないか?」
「ど…して…?」
 おもわず確かめるように訊ねた言葉に過剰な反応をするナルト。
それだけで予想は確信に変わった。
 彼―――ナルトは、四代目の忘れ形見なのだ。
 見たことがある気がしたのは、火影岩や書物に描かれる四代目の顔と面影が似ていたからなのだ、と。  
戸惑いと不安に揺れるナルトの感情が衝撃の強さを物語っている。
シカマルはしまったな、と思いながらも彼が少しでも落ち着きを取り戻せるように、わざと軽めの言い方で言葉を返した。
「や、ふつー気付かねぇ? 髪と瞳の色に、その面差し。どう見たって四代目に似てるだろ? 四代目の気配を感じたことがないからはっきりとは言えなったけどな、推測くらいはできる」
 肩を竦めながら返された言葉にナルトも落ち着きを取り戻し、ふう、と深い溜息を吐く。
そしてシカマルの頭脳は少しどころか、かなり成長が早いのだということをはっきりと認識した。
 いや、成長云々ではない、おそらく彼の頭脳は元から出来が違う。
潜在的なものが普通の人間よりも何十倍、何百倍も備わっているのだろう。
「……さすがだな。確かに俺は四代目の実子だ。だけど、そんなことどうでもいい。俺は俺、あの人はあの人。里の奴等はきっと気付かない、その目は憎しみゆえに真実を見ることができなくなっているから……」
 ナルトは軽く唇を噛み、地面を睨み付ける。
それはシカマルに、彼の闇の深さを感じさせるものだった。
「そんなこと俺に言っていいのか?」
 シカマルはナルトに含みのある言葉を投げかける。
正確に受け止めたナルトは、視線を地面からシカマルに戻し、ふわりと淡い笑みを浮かべた。
「うん、いいよ。だって、シカマルは誰にも言わない。そうだろ?」
「ああ。だが、推測しちまうぞ? お前の知られたくないであろう真実を」
 初対面で話していい内容ではない。
それが訳ありで隠していることならばなおさら。しかも、シカマルのような特殊な頭脳を持つ者になどもってのほか。
何気ない一言でもすべて把握されてしまうのだ。
それが敵の忍であったら命取りになること間違いない。
 どうやらお互いの状態からして味方である里の中でも安心できない身の上であるらしいとわかる故に、シカマルはもう一度念を押した。
 返ってくる返事はわかっていたのだけれども。
「……うん。どうしてだろう、シカマルならいいか、って思ったんだ。初対面の相手に思うことじゃないんだろうけど。普通なら警戒しているはずなんだけど。境遇が似ているせいかな?」
「まあ、俺も人のことは言えねーか。俺もナルトになら何を話してもいいか、って思っちまったしな」
「シカマル……」
 ナルトとシカマルはお互いの瞳を見つめあった。  
 瞳は言葉よりも多くのことを語っているという。
それを読み取るのは力を持つ者ほど、感情を隠してしまう為に難しいとされている。
けれども二人には造作のないことだった。
今回はお互いが隠す必要などまったくないと判断していた為、読み取りやすかったことも一因ではあるようだが。
 何にしろ、短時間でお互いの瞳から言いたいことを読み取り合った二人は、無言の内に約束を交わす。
それでも物足りなくて、シカマルは約束を言の葉に乗せた。
「なあ、また会いたいって言ったら会ってくれるか?」
「うん」
「もしかしたら、お前の隠していることすべて暴いちまうかもしれない。それでも?」
「……うん。その代わり、シカマルのことも教えて? シカマルが俺の真実を知るたびに同じだけ」
「……ああ」
 どちらからともなく、クスリ、と笑みがこぼれる。
説明をしなくとも短い会話で分かり合えることの爽快感。
初めて味わうこの感覚を、二人は心地よく感じた。
「時間だな…」
 気が付くと、時は思ったよりも過ぎていて、夜明けを迎えようとしている。
残念に思いながらも、これ以上は危険と判断した二人は頷きあい、背を向けた。
「時間と場所は今日と同じ。日は決めなくていい?」
「ああ。お互いのタイミングが合えば会えるだろ」
 必要な内容だけ確認し、別れの言葉も告げずその場を立ち去る。
 楽しみが増えた、と笑みを浮かべながら。






 誰に気付かれることなく部屋の影分身と入れ替わったシカマルは、ナルトとの会話を思い出していた。
『隠していることすべて暴いちまうかもしれない』
 そう告げたシカマルだったが、実はあの時すでにナルトについて一つの推測が頭の中に出来上がっていた。
 ナルトが四代目の息子だという事実、力がなければ生きていけなかったという環境、そして里の者は憎しみゆえに真実を見ることができないというナルトの言葉。  
そこから推測されるのは、シカマルが最も知りたかった九尾の封印先。
「ナルト…なのか」
 一番考えたくなかった、生まれたばかりの人間に封印したという可能性。
この説が八割の確立で間違いない状況まで来てしまったことにシカマルは表情を歪ませる。
 ナルトが九尾の器であるという推測に至ったのは、矛盾点と現実との照合の一致からだ。
四代目の忘れ形見であるならば、もっと里人に知られていてもおかしくない。
環境だって力がないと生きていけないなどという事態が起こる筈がない。
里を救った英雄の息子なのだ、幸せな生活ができるはず。
そうでないのはナルトが四代目の忘れ形見だという事実が隠され、なおかつ彼自身が里人に命を狙われる程に憎悪されているということ。
 四代目は他人の幼子を犠牲にするような人物ではなかった。
だからと言って我が子を犠牲にするような人物だったのか?
いや、まだ、神子の存在がある、神子については詳しいことがわかっていない。
だが、自分は予測していなかったか? 四代目が神子の可能性を。
もしそれが当たっていたら、次代の神子がナルトだった可能性もある。
神子であり、無垢な幼子である、この条件が重なったからこそ、ナルトが器に選ばれたのか……?
「どちらにせよ、鍵はナルトが握っている、か……」
 知りたい、シカマルは心の奥に潜む要求を感じながら思う。
しかし、これ以上はナルト自身に聞くしか手立てがない。
 ナルトは話してくれるだろうか? 
いや、まだ一度しか顔を合わせたことのない人間に話せる内容ではない。
 加えてこれは里の最重要機密に属するものであるだろうことは容易く想像できる。
それに何よりも、生まれて初めて興味を抱いた人間であるナルトに会うことを拒絶されるのは嫌だ、と思う自分がいる。
 もう少し、ナルトとの距離を埋めることに専念しよう。  
シカマルはそう結論付ける。
心の奥で燻っている要求よりも、ナルトとの信頼関係を築いていくことを選ぶシカマル。
そう思わせた感情の欠片が何であるのか、今の彼が気付くことはなかった。
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