本編1

□違和感
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 生まれ出た時から漠然とした意識があった。
生まれて数ヶ月で言葉を把握し、周囲の状況がわかるようになった。
それが異常であることも同時に把握していた。
だったら出来ることはただ一つ。
自分を偽り周囲から見た普通の姿に合わせて偽ることのみ。
 たとえそれが、自分の苦痛を増やすことだとしてもこの里で生きるすべならば仕方ないと諦めてしまった。
 奈良シカマル、0歳。
常識を遥かに超える優れた頭脳を持ってしまったが為に、生まれ出て数ヶ月にしてすべてを諦めてしまった幼子。
 ただ一つ幸いだったのは、彼の生まれ出た場所が奈良家であったこと。
何故ならば、シカマルの両親――奈良家の当主である奈良シカクとその妻ヨシノは柔軟な思考の持ち主であり、できた人格の持ち主であったからだ。
 両親と接していくうちにそれがわかったシカマルは心底安心した。
たとえばれたとしても、受け入れてくれるだろうという確信が持てたからだ。
気が楽になったシカマルは人目を盗みながら自宅にある書物を読むようになった。
どんなに自分を偽ったとしても知識に対する欲まで捨てるつもりはまったくない。
生物が空気を欲するように、シカマルの頭脳も知識を貪欲に欲した。
 知識を得るのは楽しかった。
忍術書や歴史書、医学書、薬学書、はては雑学まで自宅にある書物は端からすべて読みつくしていった。
知識を得ることに妥協はないシカマルだったが、優れた頭脳は書物に一度目を通すだけで一字一句間違えずに記憶してしまい忘れることはない。
結果、一を知れば十どころか百を見通し、予測できてしまう。それは彼の意欲という感情を奪い、何事にも執着がもてなくなるという副作用をもたらした。
 全てにおいて例外はなく、興味を持てるものを失った為に空虚な心を持て余し、生きることすら執着をなくしかけていたシカマルだったが、一冊の書物との出会いが、彼に再び小さな火を灯すことになる。  
その書物とは何の変哲のない子ども向けの絵本。
 シカクがシカマルの為に買ってきたものだった。
まだ一歳にもならないうちから本を買って来るなんて早い、とヨシノに笑われながらシカマルのベッドの脇のテーブルに置かれたそれは、何故か興味を引き、たまにはこんな物もいいかと両親がいなくなるのを見計らって彼の手に収まった。
 内容は、善が悪を滅ぼすというよくある話。
他の物と違うのは、その話がつい最近起こった出来事を描いているということ。
そう、実話に基づく話だ。
 話の基盤になっているのは九尾襲撃事件。
四代目が里を襲った九尾を命に代えて倒し、里が平和になったというものだ。  
 なんてありきたりな話だろうか、これが実話とは到底思えない。
さらりと一通り目を通したシカマルは、話の結末まで来ると呆れて溜息をついた。
 九尾襲撃事件のことは家にある書物を読んで知っている。
書物、というよりは事件の報告書のようなもので珍しいと思いながら読んだ記憶がある。
内容は事件自体の概要ではなく、一般人の被害者状況報告のようなものであったが、そこからシカマルは事実をあらかた推測していた。
 今読んだ絵本は事件の概要を子ども向けにした話であったが、子ども向けということを引いたにせよ、あまりも都合のよいことしか書いていないように見受けられる。  
シカマルも凄惨な事実を和らげて伝えるという子ども向けゆえの配慮なのだろうと思ったが、何かが頭の中で引っかかる。
思うままにもう一度目を通すと、今度は違和感が頭の中にはっきりと現れ、確認に繋がった。
 推測した事実と比較すると相違点や内容を誤魔化している部分が多いのだ。
いくつかあげるとするならば、まず結末が違う。  
 絵本では四代目が九尾を倒したとあるが、実際は封印したとされている。
封印場所までは判明しなかったが、報告書にも記載があるし、人が九尾のような人外のものに勝てるほど力を持っているとは思えない為、封印されたというのは事実だろう。
 次に、九尾が里を襲った理由。  
これについてはどちらについても記載がなく、完全に真実が隠されている。
絵本には『急に襲ってきた』とあるが、理由もなく九尾が襲ってくるということがあるのだろうか?
 確かに、九尾が絶対悪であるというのであれば可能性はあるかもしれない。しかし、シカマルはどうしても九尾が絶対悪だとは思えなかった。  
 最後に、九尾の出自について。  
姿自体大きな妖の為、移動していたならば何らかの形で足跡や出自が残るはずだが、そういう記録は一切ない。
しかし、報告書に気になる内容があった。
 被害にあった里人の一人が死に際に『九尾様は里の守護神なのだ、きっと九尾様がお怒りなるような何かを里の誰かがしたのだ』と言っているのだ。
「おもしろい」
 シカマルはポツリと呟く。
ここまで相違があるのは何故なのか、真実はどこにあるのか、里が隠そうとしているものが何であるのか。
真実を知った先に自分にとって思いかけない変化が待っていそうで、調べてみようと決心した。
 調べる決意はしたものの、得られる情報はあまりにも少なかった。
自宅にある書物はすべて読んでしまっているが、それらしい記述は見当たらない。
年齢が年齢ゆえに、表立って動くことができず外に出ることも叶わない。
 さてどうしたものかと考えたシカマルだったが、それも数分のうちに解決策を見出していた。
シカマルが出した解決策は変化の術を使うこと。
親が忍びで、しかも旧家といわれる奈良家の本家である為か、忍に関しての書物には事欠かない。  
叶うならば忍などというめんどうくさい物にはなりたくもなかったが、長男である以上、意思とは無関係にこの道に進むだろうということは予測していたし、諦めてもいた。
 その為、必要な知識は初めに叩き込んでおいたのだ。  
その中の初歩の忍術に変化の術はあった。
その名の通り自分以外の者に変化をする術。
これを使い他人に成りすませば、簡単に外に出られるし、ある程度の年齢に設定しておけば、難しい書物を読んだとしても問題はない。
ただ、その為には忍術が使えるようにならなければならないし、チャクラを持続するだけの体力も必要だ。
「めんどくさい…」
 シカマルはそう呟いたが、表情は言葉とは裏腹に不敵な笑みを浮かべていた。





 それから半年後――― 一歳を迎えたシカマルは着実に力をつけていた。
知識は労さずとも読みさえすれば身に付くのだ。
後、必要だったのは体力と技術だった。
 早々に歩くコツを掴み、自由に動けるようなったシカマルは、術を使う為の体力とチャクラコントロールを身に付けることから始めた。
もともと素地がよかったのだろう。
頭を使い効率のよい修行を行ううちに、自身の予測より遥かに強い力が早い段階で身についた。
上忍である親のチャクラ量から推測するにおそらく上忍レベル。
今の年齢を考えるとあまりにも異常で、手放しでは喜べず複雑な心境に陥ってしまった。
 それでも、ここで立ち止まるわけには行かない。
本来の目的は九尾事件の真相を知ること。
その為に外に出て、自分で調べられる環境を手に入れなければならないのだ。
シカマルはすぐに割り切り、身に付いた力で環境を整えることに重点を移した。
 力が身に付いたことで、利点もいくつか生まれた。
術を複数使って長時間過ごしても、問題がないということ。
そして、推測しか立てられなかったオリジナルの術が試せるようになったことだ。
 親の目を盗んで変化の術を使い、外に出るという当初の計画も、これによってより安全で、長時間外に出ることができる方法に切り替えが可能となった。
 すなわち、実体を持った分身を自分の部屋に残し、自らは変化した上で外に出るという方法。
ちなみに分身に実体を持たせる術は、シカマルが書物の中にあった影分身という高等忍術に、いろいろな条件を加えて構成し直したオリジナルの術だ。
 その他にも修行の中で幾つかオリジナルの術を生み出しているが、どれも普通の忍には扱えない程難易度の高い代物であった。
 環境が整うと、シカマルは早朝から深夜まで外へ出るようになった。
初めは里の地形を実際に見て回ったが、すぐに把握し、忍のみが入ることを許される蔵書館に入り浸るようになった。
 蔵書館には興味をそそる書物が多々存在した。
もちろん当初の目的について調べることも忘れてはいなかったが、この館の地下には禁術書もあり、封呪を解いては読み耽った。
 余談だが、地下にある禁術書の部屋については、里長である火影や暗部総隊長、各部隊の長など限られた者しか入ることはできない。
シカマルも当然入ることはできないはずなのだが、それを可能にしたのが彼の頭脳とオリジナル忍術であった。
 そのことについて後日事情を知らされた火影はシカマルにある任務を依頼し、それをきっかけに大きな変革の時を迎えるのだが、それはまだ数年先の話である。
 連日蔵書館に通った結果、九尾事件について探れば探るほど興味深い事実が見え隠れするようになった。
どの書物もはっきりと真実を伝えているものはなく、あいまいになってはいるものの、信憑性の高い話を幾つか取り出し、それを繋げる事で真実らしいものが見え始めてきた。
 たとえば、九尾は木の葉の里を含めたこの土地一帯の守護をする神であったらしいということ。これは神話としての書物に残っていた物だが、木の葉の歴史と照らし合わせて見ても、信憑性は高い。
十中八九真実なのだろう。
 また、九尾にも眷属が存在し、禁域とされる森に住んでいるということ。
伝承の中では何度かその森に踏み込んだ里人がいて、そこで悪戯をした為に神罰が下されている。
 さらに里には九尾との契約により里と神との絆を守る神子とよばれる者が存在するらしいということ。
神の力に耐えうる者が選ばれるが、その存在は神子を悪用されない為に秘されるらしい。  
これらのことから、シカマルは九尾事件をこう推測した。
 九尾が里を襲った理由、それは眷属に対して里人が取り返しの付かない何かをしたからではないか? 
四代目火影は九尾の存在、神子の存在を知り、なおかつ九尾が暴れた原因も把握していた。
あるいは四代目自身が神子だった可能性もある。
だからこそ九尾を封印する道を選んだ。いや、封印せざるをえなかったのだろう。
 あらかた納得できる推測をすることができたシカマルだったが、一つだけ不明な点があった。  
それは九尾の封印先について。
 九尾が神であるのであれば、無機物に封印するなどできぬこと。
生物、しかも無垢な存在に封印した可能性が高い。  
無垢な存在としてあげられるのは、鹿などの動物、そして生まれたばかりの人間……その中で強固な意志を持って封印でき、九尾と心を通わせられるのは人間しかいない。
 生まれたばかりの人間に九尾を封印した……?  
そこまで考えてシカマルはいや、と別の可能性も考えた。
四代目は聞く限り人望も高く穏やかな人物だったらしい。
ならば生まれたばかりの人間にそのような過酷な運命を背負わせるだろうか?
 もしかすると、神子の中に封印したという可能性もある。
神子ならば神の力に耐え、心通わすこともできる。
「埒が明かないな」
 シカマルは溜息をついた。
これ以上は蔵書館の書物からも推測ができない。
あと手がかりの可能性があるのであればそれは里長である火影の邸宅。
さすがのシカマルでも里長の邸宅に忍び込むのは気が引けるし、変化している今の姿で行ったとしても忍としての登録がない以上火影に会えばすぐにばれてしまうだろう。
「今はまだ時期じゃないってことか……」
 強引に行けば手はないことはないが、立場上、それはあまりしたくはない。
ならば数年待ち、忍として登録した後に動けばいい。
旧家の生まれである立場を使い、火影に聞くこともできるだろう。
 安全策をとったシカマルはそう自分に言い聞かせ、とりあえずこの件を保留にすることにした。
 そして、今出来ることとして、どのような状況にも対処できるように忍としての腕を磨くことにした。
それは一種の予感だったのだろうか……  
シカマルの運命を大きく変える出会いは彼のあずかり知らぬ所で刻一刻と迫っていた。
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