本編1

□はじまり
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物心が付いた時には回りは全て敵だった。
 向けられるのは憎悪、嫌悪といった負の感情ばかり。
 幼子は一歳に満たずして理不尽な悪意に耐えなければならなかった。
 何故このような目に合わなければならないのか?  
 何故誰も温かく包んではくれないのか?
 何故、何故、何故!?
 幼子の心の中には悲しみと疑問が常に渦巻く。
それでも、幼子ができたばかりの自我を崩壊させずにすんだのは、唯一つの暖かなぬくもりがあったからだ。
 温かなぬくもりを与えてくれるただ一人の人。
それが誰なのか幼子にはわからなかった。
何故ならその人は幼子が起きている時間にはけして現れてはくれない為だ。
 その人が現れるのは幼子が浅い眠りを彷徨っている真夜中。四、五日に一度だった。  
気配を見せずに部屋に入り、悪意を警戒しながら浅い眠りにつく幼子をそっと抱き上げ数分間だけぬくもりを与える。
『ナルト、ナルト、愛しい子。早く大きくおなり。強くおなり』と、優しく囁きながら。
 ぬくもりの主を確かめる為、幼子は目を開こうとするのだが、その人から与えられるぬくもりと、温かな感情があまりにも優しくて、確かめる前に深い眠りについてしまう。
そして気が付いたら夜が明けているのだ。
―――いつか、かならずみつけよう―――
 幼子は悪意に耐えながら心に決める。  
もう少し動けるようになったら、この悪意を撥ね返す力ができたら、必ず彼の人を見つけて伝えるのだ。
 貴方は誰も与えてくれなかったものを与えてくれたのだと。
貴方が与えてくれたものが、自分の心の中であたたかい火をともし、今まで知ることができなかった感情を引き出してくれたのだと。
 幼子は決意と共に異常なまでの速さで成長していく。  
世話役という名の悪意を向ける者達から学べるものは全て学んだ。
 初めは言葉。
 幼子に向けられる言葉は『死ね!』『化け物!』『化け狐め!』など負の感情が篭るものばかりだったが、そこから発音も喋り方も文法も全て真似しながら覚えた。
 そうして悪意に満ちた者達が、『化け物』『化け狐』と自分を呼んでいるのを知る。
けれどそれが本当の名だとは思わなかった。
何故なら、彼の人が抱きしめ、囁く言葉の中にこそ本当の名があることを気付いていたから。
『ナルト、ナルト』と囁いてくれるそれが自分の名だと分かっていたから。
 幼子は自分がナルトであり、ナルト、と呼んでくれる人が悪意を向けない人なのだと理解した。
それがナルトにとって相手を見極める一つの基準になるであろうということも経験の中で学んだ。
 次にナルトが覚えたのは、生き方だった。
歩き方、走り方、生きていく上で必要なもの全てを自分で学んだ。
中でも重要だったのは、気配を殺すことと、毒を見極めること。
 日々過ごす中で、食事はとらなければ生きてゆけない大切な行為なのだとわかっていた。口から生きる為の栄養を取るのだと、体が教えてくれた。  
しかし、いつからか二分の一の確立で食べた後に苦しみが来て耐えなければいけなくなった。  
それが食事の中に毒という物が入っているからだということを知ったのは、世話役が洩らした言葉からだった。
 一歳に満たないナルトが言葉を理解しているとは思わなかったらしく、目の前で苦々しげに放った言葉。
「毒を食べて死なないなんてやっぱり化け物だ!」
 毒を食べたら死ぬとわかったナルトは、以来、毒を注意深く確認するようになったが、同時に自分が死ななかったことで普通とは違うのだと知り、不安を覚える。
 自分は一体何者なのか?  
ナルトにとっては新たな疑問が一つ増える。
 知りたいことはたくさんある。
しかし、何もない部屋で知ることができるものは限られていて、もどかしい日々を送るしかなかった。
 そんなナルトにとって最大の転機が訪れる。  
全てを知り、道を定める要因となり、さらにナルトを苦しみの世界へと追いやることになる出来事が。
 きっかけはナルトが世話役に向けて言った一言だった。
「ねえ、なんでナルトをころしたいの?」  
 それを聞いた世話役は驚愕した後、すごい形相で睨みつけ、何も言わずに去っていった。
ナルトは言ってはいけなかったのだろうか、自分にとってよくない事を引き起こしてしまったのだろうか、と不安がよぎったが、何をしようにもするべきことも思いつかず、いつものように時が過ぎるのをじっと待つしかなかった。
 異変を感じたのはその日の夜だ。  
ベッドに入り、うつらうつらとし始めた瞬間、ものすごい殺気がナルトを襲った。
今までとは比べ物にならないくらいの殺気。
いつもの世話役のものではなく、複数の、知らない人のものだと気配を探って悟った時、大きな音を立てて四、五人の男達が入ってきた。
「化け物め!」
 吐き捨てるように向けられた言葉がナルトに突き刺さる。
ナルトはベッドの壁にぴたりと背をつけて震える体を無理やり立たせた。
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