本編1

□続・独占欲
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部屋に閉じ篭ったナルトは、ベッドに身を投げ出し、じわりと溢れてくる涙を布団に押し付け泣いていた。
「シカの嘘つき……覚えてないじゃないか…」
 ナルトにとって忘れることのなかった大事な約束。それをシカマルは覚えていなかった。
シカマルにとってあの約束はその程度のものだったのだと思うと、悲しくて涙が止まらなかった。
 実は、ナルトも本当はあの約束が自分勝手なもので完全に守ることなど無理なのは自覚していた。
だから、時が経つごとに、いつか破られることはしょうがない、と言い聞かせるようになっていた。
 ただ、せめて、約束をシカマルが忘れずにいてくれて、破った時に一言話してくれていたのであればナルトだってここまで怒ることも無かったのだ。
「シカのバカ……」
 涙が止まらず後から後から零れてきて。
零れてくる涙を流れるままぼうっとしていると、ふわりと頭に温かい温もりが降りてきた。
 ナルトに気配を気取らせず、慈しみを込めた温もりを与えてくれるのは二人しかいない。
 今は一方的に喧嘩してしまったシカマルと、本当の親のように接してくれるナルトの中に封印されている九尾の神金緋。
 誰が頭を撫でてくれているのか、今の状況では自然と答えが出てきて彼の顔を見ることなくポツリと名を呼んだ。
「…神金緋……」
 名を呼ばれた神金緋は応えるようにぽんぽんと頭を軽く叩いてきて、柔らかい声でナルトに話しかける。
「珍しいの、そなたらが仲違いをするのは。いや、この場合は神子が一方的に拗ねているだけかの」
 くつくつと笑いながら話す神金緋にナルトは涙を止めて頬を膨らませころりと体を反転させて顔を合わせた。
「一方的じゃない、シカが悪いんだよっ! 約束忘れないって守ってくれるって言ったのに!」
「でも、そなたには無理難題であることくらいわかっていたであろう? 以前ならばともかく、暗号解析部隊や戦略部隊に属するのでは面をつけるわけにもいかぬし、かといって素顔を見せるわけにもいかぬ。シカマルとて本意ではあるまい」
「……」
 神金緋に諭され、そんなことわかっていると思いながらも、納得できずにいるナルトの表情に神金緋は笑みを止め、真剣な表情を向けた。
「神子、そなたが拘っているのは約束ではあるまい? 心を偽らず真っ直ぐに見つめてみよ。そなたは怒っているのは約束を破ったことなのか、それとも別の原因のためか」
「…っ」
 神金緋にはっきりと指摘され、ナルトは言葉に詰まる。
そのまま時と神金緋を見ていたナルトはふうっと大きくと息を吐き、唇を噛み締めた。
「神金緋の言うとおりだ。俺が怒ったのは約束を破ったことじゃない…単なる俺の我が儘だ…」
 神金緋に促されるまま吐き出した言葉は自分が顔を背けていた感情を蘇らせ、ナルトは自分をぎゅっと抱き締めた。
「そうだよ、我が儘だ! 俺は、俺以外のやつにシカを、蒼闇の素顔を見られたくないんだ! だって、シカは俺だけの存在で! 蒼闇は大きくなったシカそのもので! シカを見ていいのは、愛していいのは俺だけなのに! 皆がシカを見てぽうっとなってく! シカも蒼闇もほんとは優しいから…困った顔しながらも俺以外のやつに微笑を向けていて…それが、俺には耐えられないんだっ」
 感情のまま全て吐き出したナルトは肩を震わせ再び涙を零す。
しゃくり声を上げながら涙するナルトに、神金緋は静かに訊ねた。
「神子…そなたのその感情の名、知っておるか」
「感情…の名…?」
 何を言われているのかわからず、オウム返しに呟くナルトに神金緋はそっと答えを告げた。
「その感情の名を、独占欲、と言うのだ」
「独占欲……」
 唖然と呟くナルトに一つ溜息を吐いた神金緋は手を持ち上げ軽く振るう。
途端に部屋に掛かっていた結界は消え失せ、部屋の扉が自動的に開き、開いた先に立っていたのは――
「シカマル、後はそなたに任せるぞ。我は暫し眠りに入る」
 ナルトがこの状況についていけずにいる間に、神金緋はシカマルに声をかけ、シカマルは顔を赤くしながらもしっかりと頷く。
「ちょ、神金緋!? まっ…」
 ようやく、今までの言葉が全部神金緋によってシカマルに届いていたことに気付き、引き止めようとした時にはすでに遅く。
神金緋はナルトの中に戻ってしまっていた。
「ナル…」
「っ…」
 シカマルの呼びかけにナルトはビクリと体を震わせ身を硬くする。
自分の浅ましい心の内を知られてしまった。
 そのことがナルトにはかなりの衝撃で。
不安のあまりシカマルを拒絶するような態度を取ってしまっていた。
 そんなナルトの心情を察していたシカマルは部屋の戸を閉めると、ベッドで硬くなっているナルトに近付き、サイドに腰を掛けて神金緋と同じようにナルトの頭を愛しむように撫でた。
 今、シカマルの心の中にあるのは歓喜。
 ナルトに『大っ嫌い!』と叫ばれた時にはどうしたらいいかわからず不安になった。
 しかし、部屋の前で結界に阻まれてしまった自分に『神子の心のうち教えてやろうぞ』と神金緋にやり取りを一部始終聞かせてもらった時には不安が一気に吹き飛んだ。
 ナルトの激しい想いが全て自分に向けられている。
それがわかって嬉しくないはずがない。
今まで自分のほうが往き過ぎた愛情を抱いているのではないか、と常々思っていただけにシカマルの喜びはひとしおだった。
 同時に、ナルトに想いを抱え込ませ悩ませていたことに関しては悔しく思う。
神金緋がいなければもっと互いがすれ違い、必要のない不安を抱いていたことだろう。
 シカマルの想いのこもったぬくもりに、ナルトも落ち着いてきたのか、体の力を抜いてシカマルを見つめて来ていた。
その表情は頬を赤く染め、目を潤ませていて。
シカマルを煽るのに十分な姿だった。
「…ナル、ごめんな。お前の気持ち、気付いてやれなかった。それに、約束のこと、忘れていて悪かった」
―――絶対に俺や三代目のじいちゃん以外の者にその姿見せないで―――
 それが暗部になる前に交わしたナルトとの約束だった。
 意識はしていたはずなのに、ここ最近いろいろとあったせいなのかすっかり記憶から抜け落ちていた。
一度見聞きしたことを忘れないシカマルにしては珍しい失態だった。
 謝罪するシカマルにナルトは首を横に振り、恐る恐る頭の上にあるシカマルの手にそっと触れる。
シカマルはナルトの手をやんわりと握り返し、ナルトはそれだけで安心したのか微笑を浮かべた。
「ううん、それはもう、いい。俺の我が儘だった、し…シカは…嫌じゃ、ない? こんな醜い感情……」
「なんで? 俺はすっげえ嬉しい。だってナルは俺のことを独占したいって思ってくれたんだろ」
 シカマルの微笑みにナルトは頬がますます紅潮するのを感じながら素直に頷く。
全てを知られてしまった今、隠す必要は全くないのだ。
「うん……嫌だったんだ、シカの素顔を他のやつに見られるの。あの頃、この気持ちの意味がわからなくて、ずっともやもやしてた。そんな時に蒼闇の姿が成長したシカの姿を基盤にしているのを見て、これから皆がその姿を見るんだって思ったらすごく嫌な気持ちになって…」
「それであの約束だったんだな」
「…うん」
「シカ、忘れたって言ったけど、ずっと守ってくれてたよね。それに恋人っていう関係になって俺も大丈夫って思ってた。だけど、暗号解析部隊や戦略部隊に入って暗部面を被らなくなって…噂をきいたんだ。シカに…蒼闇に憧れる奴がたくさんいて、素顔を見たって自慢している奴らがいて、俺……」
 言葉に詰まって俯いてしまったナルトを見ながらシカマルは、全ての真相を知って内心溜息を吐いた。
「ナル、そういうことは溜め込まずにもっと早く言って欲しかった。そうしたらすぐにその不安取り除いてやれたのに。俺は共にいると誓ったあの時からずっとナルのものだ。ナルの為だけに生きているんだぞ、ナルの不安は無用の心配だ」
「シカ……」
 ナルトの顔には安心と不安、両方が未だに存在していた。
それを読み取ったシカマルは不意にベッドに上がり、転んでいるナルトの上に覆い被さって視線を絡ませながら唇を奪う。
「ん…っふ…ぁ」
 いつもの温かくなるような口付けではなく情熱がこもった激しい口付けに、ナルトは驚きながらも必死に応える。
「ん、っふ、は…」
 シカマルの口付けは延々と続き、唇を離した時にはナルトはすっかり息が上がり、体の力が抜けてしまっていた。
「シ、カ…」
 いつもとは違うシカマルの雰囲気に戸惑い視線で訊ねてくるナルトにシカマルは耳元でそっと囁いた。
「もう少し、待っているつもりだった。けど、ナルが不安がるなら不安になる必要が無いってこと、体で感じてもらった方がいいと思って、な」
 その言葉の指す所を正確に理解したナルトは一気に全身の熱が高まるのを感じながらシカマルを見つめる。
 そしてシカマルの言葉が本気だとわかったナルトは、無言で両腕をシカマルの背中に回した。

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