本編1

□残想
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 時が止まったような気がした。
本当は数秒のことだったのかもしれないが、予想外の展開は思考能力を停止させるのに十分な衝撃を与えていた。
『ナル君…』
「四代目…」
 ナルトはシカマルの呟きに、停止した思考をようやく動かすことができた。
一瞬実体かと思ったその姿も、よく見れば透けている。
 これは幻。
術で作られた幻なのだ。
それでも、在りし日の四代目を見ることができたナルトの心は高鳴り、どうしようもなく震えていた。
『多分、驚かせたよね。ごめんね、ナル君。これは、時空間忍術と幻術との合成術で作った僕の幻と思ってくれていい。遺言伝えるだけなのにこんな手の込んだことをしたのは、どうしても僕の姿を見て欲しかったから。』
 シカマルは衝撃が大きいであろうナルトを支える為に抱き寄せながらこの高度な術式に感心していた。
 さすが四代目と呼ばれたことだけはある、と。
 そしてそれが、ナルトのためだけに使われたのだと思うと、四代目がどれだけナルトを愛していたかわかるような気がした。
『僕を覚えていて欲しかったから。一方的に僕が喋るだけだから、ナル君がどんな気持ちでこれを見ているかわからない。でもね、どんなに願っても叶わないこともあるって僕は知ってるから、だから、これを残すことにした。ナル君、これを見てくれているってことは時空間忍術をものにしたってことだよね。さすが僕の息子、すごく嬉しいよ。でも、逆に言うとそれだけ辛い思いをさせてしまっているんじゃないかな。…ごめんね。僕は父親失格だよね。ナル君よりも里を選んでしまった僕は父親を名乗る資格ないかもしれない。けどね、僕はナル君のこと、とても愛しているよ。これは本当の気持ちだからどうか疑わないで……』
「そんなことっ、いまさらっ…」
 言わないで。
 ナルトは声にならない思いを飲み込み、シカマルの手を握り締める。
そんなこと言われたら憎めなくなる。
怒れなくなる。
溢れ出す涙を自覚しながら話を続ける四代目の声に耳を傾ける。
『本当はね、君が英雄になりますようにと願いながら心の何処かでわかっていたんだ。里の皆を信じたいという思いにすがりながらこうなるかもしれないってわかっていた。九尾は里人を殺しすぎたから。どんなに原因が里の方にあっても、九尾を怒らせたのは里の愚かな行為だとわかっていても、それを超える憎しみが里人の目を歪ませ、真実を隠してしまうんじゃないかって。九尾が里の守護神だったことすら忘れて、器となったナル君を九尾と同一視して憎むんじゃないかって。わかっていながらも手段がなくて。ナル君を犠牲にしてしまった。ごめんね……ほんと…にごめ…ん……』
 謝るくらいなら、里など捨てておけばよかったのだ。
 シカマルは苦々しい思いを抱えながら心の中で呟く。
四代目程の人が、ナルトのような優しい人が愚かな里の連中の為に犠牲になる必要などなかったのに。
 それでも、優しいからこそ捨てられなかったこともシカマルにはわかる。
だからこそ忌々しい、愚かな里人の行為が。
『だから…ね、せめて僕の罪滅ぼし。少しでもナル君が里で幸せに過ごせるように、少しでも穏やかにすごせるように、この巻物を残したんだ。もう一本の巻物は、僕から里人への言葉が入ってる。もし、里人がナル君に苦しみしか与えないなら、ナル君が幸せになってないなら、里人を集めて巻物に同じ術を使って解印して。隠された真実を僕から全て話すように術式を組み込んであるから。それでも…それでも里人がナル君を苦しめるのなら、ナル君に里を守ってもらってるって気づかないのなら、その時は……その時はナル君の思うとおりに。里を滅ぼそうが、里を抜けようがかまわないから。ナル君が幸せになる方法を考えて、選んで』
「父…さ…ん……」
 涙が、止まらない。
 父としての四代目の言葉が温かくて、嬉しくて。
自分のことを考えてくれていた父に、ナルトの心にあった憎しみも怒りも何処かに解けてなくなっていた。
『本当の僕の願いはね、ナル君が僕の意思を継いで火影になって、里の皆と幸せに暮らすことだった。けど、そこにナル君の幸せがないなら意味がないんだ。一番大切なのはナル君が幸せになることだから。今、ナル君の隣には支えてくれる人はいる? 大切な人はいる? そんな人がいてくれたらいいなぁ……もし今、そんな人が隣にいるなら、誰かは判らないけど、ナル君をよろしくね』
「はい…必ず」
 シカマルは言っても届かないことがわかっていても言わずにはいられなかった。
ナルトの相手が女でなく男だとしても、幸せに出来るならかまわない、と彼なら言ってくれそうな気がしたから。
ナルトの幸せをこんなに願ってくれる人だから。
「シカ……」
 ナルトもシカマルの言葉を聞いて泣きながら微笑む。
父の願いを汲み取ってくれる大切な恋人に幸せを感じて。
『ナル君、巻物はそれぞれ三回解印すると燃えて消えるようになっているから、時を見極めて有効に使ってね。幸せになる事を願っているよ……じゃあ、ね』
「父さん!!」
 ナルトは思わず手を差し伸べた。
しかし、触れることは叶わず、四代目の幻はすうっと消えていく。
「父さん―――!!」
「ナル……」
 やりきれない思いを抱えながらシカマルはナルトを力を込めて抱きしめた。
それにすがりつくようにナルトも応える。
「シカ…シカ……父さんがっ」
「ナル、わかってる、わかってるから」
「―――うん」
 ナルトが頷くのを聞きながら、シカマルはナルトが落ち着くまで抱きしめ続けた。



 数分たって落ち着いたナルトはシカマルに体を預けた状態で座り、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「俺、ずっと不安だった。父さんが俺のことどう思っていたのか。愛されているなんて思えなくて、苦しくて、憎かった。…でも違ってた。父さんは俺を愛してくれていた。それがわかっただけでも俺、すごく救われた」
「ナル……」
「ありがとな、シカ。シカが巻物捜してくれなかったら、俺ずっと苦しいままだった。シカのすることっていつも俺に幸せを運んでくれるんだ。本当に最高の恋人だよ。シカと出会えて…よかった……」
 屈託のない笑顔を向けるナルトにシカマルは思わず顔を赤くしながら頬をかく。
「俺も…ナルに出会えてよかった。ナル、絶対幸せになろーな。四代目の為にも」
「うん」
 四代目に伝わるだろうか、この気持ちが。
ナルトという存在を生み出してくれたことに感謝を込めるこの想いが。
ナルトが初めて幸せになることに同意してくれた、その歓喜の想いが。
 届くといい、今も苦しむ彼の人に。
「シカ、俺、火影になる」
 ぽつりと呟いた言葉。
その道程はきっと大変だけれど。
「ああ、なれよ。俺がナルを支えてやる。んで里の奴らを見返してやろーぜ」
 表のナルトがよく言っている言葉。
それを聞いてナルトは笑って頷いた。
 背負う想いが増えたけれど、その分力に変わるから。
だからどうか、届けて下さい。
想いを残してくれた彼の人に―――
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