本編1

□戸惑い
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驚愕のあまり急いで帰って来たイタチは、両親への挨拶もなおざりに部屋に駆け込むと、ベッドに倒れこんだ。
 今見てきた光景は強烈に脳裏にこびりついていて、心臓が早鐘のように鳴り響く。
「あれ…は、間違いなく…」
 蒼光と蒼闇、二人の暗部。
 その美しさと強さにイタチは一目で惹かれていた。
 その二人がまさかあの場で口付けを交わすなど思いもよらなかった。
 見るつもりはなかったのだ。
真っ直ぐ帰っていたら知らずにすんだかもしれない。
 だが、何故か呼ばれたような気がして振り返り、戻ってしまった。
そして目にした光景。
 二人の口付けとその後解かれた変化。
月明かりに照らし出された彼らの…蒼光の本当の姿は―――
「うずまき…ナルト……」
 守りたいと思っていた存在を見間違うはずが無い。
金の髪に青い瞳。
木の葉の英雄にして神子である四代目の忘れ形見。
 また、蒼闇の本当の姿もよく知っていた。
 名家、旧家の集まりで見かける顔。ナルトやサスケと同じ年のアカデミー生。
旧家である奈良家の長子―――
「奈良、シカマル…か」
 どうして、と疑問ばかりが浮かび上がる。
 何故、ナルトとシカマルが暗部にいるのか。
何故シカマルはナルトの傍にいるのか。
ナルトの真実を知っているのか―――
 そして、最後に見た光景。
唇を奪うシカマルと享受するナルトの姿はどう見ても恋人同士のそれで。
 ナルトが暗部だったことよりも、二人の仲の親密さがひどく気になる自分に、イタチはますます混乱した。
「混乱しているようだな」
 頭上から不意に声をかけられたイタチはびくりと大きく体を震わせて頭を上げる。
 目の前にいたのは暗部姿の漆黒の少年。
先程見た蒼闇の本当の姿、奈良シカマルだった。
 イタチは突然のことに思わず息を飲む。その様子を見てくつくつと笑ったシカマルは、窓に凭れ掛かり、腕を組んでイタチに告げた。
「さて、俺はくだらない問答をするつもりはねえ。確認したいことは一つだけだ。うちはイタチ、お前は俺達を受け入れられるか否か」
 突きつけられた選択にイタチはすぐに答えることが出来なかった。
 それを拒絶と感じたのか、シカマルの目は鋭くなり、さらに言葉を重ねた。
「俺やナルが怖いか? 自分より弱いと思っていた存在が自分より上の実力を有している。それもちょっと強い程度ではなく化け物並の強さ…真実を知っていても近付きたくないのは当然か」
「違いますっ」
 自嘲的なシカマルの言葉に思わず反論していたイタチ。
 シカマルの言葉に今までの混乱が嘘のように収まり、元々あった答えだけが胸の中に残っていた。
「怖いなんてありえません。俺の答えはとっくの昔に決まっていました。神子…ナルト様と里の真実を父に知らされたあの時から」
 先程までの混乱は、いろんなことを一気に知りすぎた為の一時のものだった。
自嘲的なシカマルを見てそれを強く感じた。
 揺るがない意思はシカマルにも届き、シカマルは僅かに笑みを浮かべて頷いた。
「…わかった。その言葉信じよう」
「ありがとうございます。で、あの、訊いてもいいですか」
 年上の自分が年下のシカマルに敬語を使うことに多少の滑稽さを感じながら、それでも直す気にはなれなくて、イタチはそのまま訊ねる。
 シカマルに視線で続きを促され、イタチは浮かんでいた疑問を解消すべく口にした。
「あの方が暗部に入った経緯を。あれだけの実力を有していて何故隠す必要があるのですか。真実を明るみに出してしまえば…」
 イタチの言葉にシカマルは眉を吊り上げ形のよい唇を歪ませる。
その姿にイタチは続きを思わず呑み込んだ。
「…イタチ、わかりきったことを聞くんじゃねえよ。里のナルトへの態度、置かれた立場、この状況から考えれば答えは出るだろう。暗部に入ったのは実力があり、三代目を助ける為。実力が備わっているのはもともとの素質と、強くならなければならない環境に置かれた為、だ」
「強くならなければならない環境…」
 イタチは、シカマルの強い口調に気おされながら頭の中で考える。
 確かに里の現状はナルトに厳しい。
 暴力を振るわれているのか怪我をしている姿も見かけたことがある。
しかし、暗部に入隊できるほどの力を手に入れなければならないほどだったのだろうか。
 そんな表情を読み取ったシカマルは、溜息を吐いて口を開いた。
「見えるものが全てじゃねえよ。ナルは生まれて間もない頃からずっと暴力を受け続けてきた。いや、命を狙われてきたんだ。食事は常に毒入り。その上暴力を振るわれ自分を守る為に強くなるしかなかった」
「…っ、そんな…そこまでっ!」
 壮絶なナルトの環境にイタチは絶句する。
「ナルの環境は現在もいい状態じゃねえ。だからこそ力を隠し、無害を装う必要がある。やつらのことだ、力があればあったで危険視して処刑なんて言い出しかねないからな」
 シカマルの忌々しげな言葉にイタチもナルトが置かれている立場がどんなに危ういのかようやく理解した。
「…では、シカマル君は何故暗部に? いつからナルト様のことを…?」
 イタチはもう一つの疑問をシカマル自身に投げかける。
シカマルはそれに淡々と答えた。
「俺もナルほどじゃないが異端の部類に入る。頭脳の発達が尋常じゃないんだ。だからこそ里の真実に自力で辿り着いてナルトを守りたいと思った。それが今、俺が暗部に属している理由だ」
「……」
 誰に教えられたわけではなく、自力で全てを知る。
 それがどんなに難しいかイタチは漠然と理解していた。
自分なら絶対に無理だろうと言うことも。
だからこそシカマルの頭脳の発達が尋常じゃないという言葉も偽りではないのだと素直に受け取った。
 同時に、僅かな嫉妬が心の中に湧き上がる。
 異端であることは里で生きるには辛いことだと思う反面、ナルトの傍にいることが出来る力を持つシカマルを羨ましいと思わずにはいられなくて。
 でもそんなことを考えるべきではないと理性が訴え、咄嗟にその気持ちから顔を背けた。
「…もう一つ、いいですか」
「なんだ?」
「……ナルト様とシカマル君の関係は…」
 イタチは気持ちを逸らす為最後の疑問を投げかける。
しかしそれは逆に先程の気持ちを煽るもの。
はっと気付いた時にはもう口に出してしまった後だった。
 そして、止める間もなく、シカマルは待ち構えていたようにイタチの問いに対する答えを不敵な笑みを浮かべながら口にした。
「俺とナルはお前が見たままの関係だ」
「…っ」
 シカマルはそれ以上のことを告げることはなかった。
しかし、イタチはそれだけで察することが出来た。
 察すると同時に嫉妬の感情が再び湧き上がり、その理由を気付いていながら否定する。
 否定しながらもかの人に近づきたいと言う気持ちは否定しきれなくて。
「…暗部への推薦の件、間違いなく叶えていただけますか? 俺も、微力ながらナルト様をお守りしたい」
 イタチの出した答えは一刻も早く力をつけ、暗部に入り傍でナルトを守ること。
 その意気込みにつられてシカマルは静かに頷いた。
「…約束は違えない。暗部で足手まといにならない程度に力がついたら推薦しよう」
「ありがとうございます」
 イタチの混乱はすっかり収まっていた。
瞳に灯るのは固い決意のみ。
 そのことに満足したシカマルは、面を被って蒼闇に変化し、踵を返した。
「では、イタチ。わかっているとは思いますが、このことは他言無用で」
「はい、もちろん」
 蒼闇として部屋から出て行こうとしたシカマルは、一瞬、足を止める。
それを不審に思ったイタチだったが、次の瞬間、森のある方角から禍々しい力が立ち込めるのを感じ、慌てて窓の外を見た。
 しかし、それはほんの一瞬で、すぐに感じられなくなる。
気のせいだったのか? とイタチは首をかしげたが、蒼闇は気のせいで片付ける気にはなれなかった。
 その力の中によく知った気配が混じっていたからだ。
「…蒼闇様、今のは…」
「あなたは気にしなくて大丈夫です。私が確認しておきます」
「…はい」
 イタチの返事を聞くと同時に蒼闇は窓から静かに飛び出す。
イタチはその姿を無言で見送った。

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