本編1

□緋色の闇
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―――タ……ヒ…タ、ヒナタ……―――
 真っ白な意識の向こうで呼び声が聞こえる。
―――ヒナタ…起きなさい…―――
「だ…れ」
 ヒナタはうっすらと浮かび上がった意識の中で、声の主に問い掛ける。
……呼ばないで欲しい、このまどろみがとても心地いいの。
 ヒナタは心の中でそう思い、呼び声を無視しようとした。
―――あなたはそれでいいの? ―――
 声の主は咎めるようにヒナタに問い掛ける。その言葉にヒナタはようやく疑問を持った。
「何…?」
―――あなたにはようやく見つけた大切なことがあったじゃない。それを自ら捨ててしまうの? ―――
「大切な…こと……」
 ヒナタは言われたことを反芻し、薄れ掛けている記憶を必死に呼び起こす。
その中から金の輝きを思い出した瞬間、今までの全ての記憶が一気に蘇ってきた。
「あ…わ、私は……」
 慌てて意識をはっきりさせたヒナタは、目の前でにこりと笑う存在に驚き、固まる。
―――ようやく起きたね、お寝坊さん―――
 目の前で笑うのは自分自身。
もう一人のヒナタが優しい笑顔で見つめていた。
「あなたは…?」
 混乱しながらも問い掛けるヒナタにもう一人のヒナタはくすりと笑う。
―――ここに来る直前までのことを思い出したのならわかるはずよ。私はあなた。あなたが鍵をしてしまった心を持つあなた―――
 ヒナタはそう言われてああ、と納得する。
 ここに来る直前、ヒナタは白蓮として任務対象である首謀者の男と対峙し、男の幻術で映し出された光景に耐え切れず意識を手放してしまったのだ。
 意識を失った自分ともう一人の自分。
あり得ない状況が起こり得る場所、それは自分の精神世界。
 目の前にいるもう一人の自分は恐怖のあまり忘れてしまっていた大切な心そのもの。
「あなたは私の心、なんだね……」
 ヒナタがそう告げると、彼女は嬉しそうにこくりと頷いた。
―――ねえ、今でも怖い? ―――
「え?」
―――人を殺めること、手を血に染めること―――
 ヒナタはもう一人のヒナタの問い掛けに素直に頷く。
「うん、怖いよ…」
―――でも、怖がっているだけじゃ駄目なのはわかっているよね。あなたは何の為にこの道を選んだのか、忘れていないよね―――
「うん、わかってる」
 そう、ヒナタは自らこの道を選んだのだ。
それはその道に大切な人がいたから。
彼を守りたい為に、彼と共に進む為にヒナタは全てを承知の上でこの血塗られた闇の道を選び取ったのだ。
―――そう、あなたは頭ではわかってた。覚悟もあった。でも、心は納得できてなかった。だから私はあなたから心の奥底に閉じ込められた―――
「ごめん、なさい……」
―――悪夢を見るのも、恐怖をぬぐえないのも、あなたが私を受け入れてくれなかったから。ずっとあなたを呼んでたのに、あなたは私に気付いてくれなかった―――
 ヒナタは責める風もなく、ただ事実を述べるもう一人のヒナタに後悔の念を抱く。
「ごめんなさい……私、あなたのこと気付こうともしなかった…」
 ヒナタの謝罪にもう一人のヒナタは静かに首を振った。
―――謝らなくていいの。ねえ、あなたは私を受け入れてくれる? ―――
 もう一人のヒナタの願いにヒナタは躊躇いなく頷く。
「うん、もう私は逃げないよ。今度こそ、あなたを受け入れる。あんな光景を絶対に現実にさせない為に!」
―――ありがとう。その気持ち、忘れないで。私達はただ、命を奪っているのではないということを。大切な人を守る為に戦っているということを―――
「うん、忘れない。絶対に」
 ヒナタがはっきりと誓いを立てるともう一人のヒナタは嬉しそうに笑う。
そんな彼女にヒナタは手を伸ばし、ゆっくりと抱き締めた。
「戻ってきて、もう一人の私」
 ヒナタの言葉をきっかけにもう一人のヒナタは徐々に薄れていく。
笑顔のまま最後に告げられた言葉に、ヒナタは目を瞑ってもう一度頷き、一粒の涙を落とした。
―――ナルト君もシカマル君もあなたのことを気付いて心配してくれてたよ。帰ったら謝らなきゃね―――






 再び目を開いたヒナタは、自分が白蓮の姿に戻っていることと、未だあの幻が目の前に映し出されていることを確認し、 気を引き締めた。
「もう、私は大丈夫。私はこの光景が現実にならない為にこの道を選んだの。こんな幻術に負けない」
 白蓮は視線を幻に向けると一つ息を吐いて心を落ち着かせ、すばやく解印を結んだ。
「解!」
 印を結び終えると共に放出されたチャクラが辺りを覆い、弾けるような音と共に幻術が一瞬にして消え去る。
「なにっ!?」
 幻術を仕掛けていた男は、思わぬ展開に驚愕の表情を浮かべる。
 先程まで有利にことを運んでいたはずなのに、急に破られた幻術。
先程とは別人のように研ぎ澄まされたチャクラを身に纏う白蓮。
 どれもが男の予測範囲を上回り、混乱と焦りを招いた。
「何故だ、先程まではっ…!」
「先程の私と同じと思ってもらっては困ります。もうあなたの幻術は私に通用しません。これで最後です」
 白蓮はすばやくクナイを構えると、男に向かって一気に走り出す。
動揺していた男は気を取り直して反撃の態勢を整えようとしたが、時すでに遅し。
白蓮のクナイが男の急所を捉え、男はあっさりと命を失った。
「……任務完了」
 男から流れ出る赤を暫く見つめていた白蓮だったが、振り切るように後処理を行い本拠地を後にする。
 その表情に迷いはなく、澄んだ瞳には強い意志を宿していた。
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