本編1

□緋色の闇
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初任務の夜、ヒナタは初めて悪夢を見た。
 初めのうちはただの夢だと思い込もうとしたが、翌日、翌々日と毎日同じ悪夢を見ればさすがにただの夢だとは思えなくなる。
それが四日続いた時、ようやくヒナタは自分が過去を完全に乗り越えていなかったことを認め、途方に暮れた。
 ナルトやシカマルにはこれ以上心配をかけたくないから話せない。
かといってどうすれば乗り越えられるのか見当もつかない。
 この一月の間、解決策を何も見出せないまま、ヒナタは日々任務をこなすことと、自分自身の心と戦うことで精一杯になり、回りが見えなくなっていった。
 だから当然、ナルトやシカマルがヒナタの憔悴していくのを心配そうに見ていたことも、三代目やヒアシがヒナタを見て顔を顰めていたことも、ヒナタは気付かない。
 誰の目にもヒナタの限界が近いと感じるようになったこの日、ヒナタに一つの任務が舞い込んだ。






「白蓮、お前には単独任務を一件遂行してもらう。ランクはSSSだ」
「SSSランク……」
 今宵の任務の確認の為、総隊長執務室を訪れた白蓮は、蒼光より告げられた任務内容にごくりと息を飲んだ。
 これまでSSSランクの任務は何度かやったことがあった。
しかし、どれも誰かと組んでの遂行で、SSSランクの単独を任されるのはこれが初めて。
「どうだ、できるか」
 蒼光はわずかな迷いを見抜き、白蓮に問う。
白蓮は祈るように数秒目を閉じた後、真っ直ぐに蒼光を見据えて頷いた。
「…これが任務書だ。後、蒼闇がこれに関していくらか情報を掴んだらしいから目を通したら蒼闇に確認をしておけ」
「御意」
 白蓮は任務書に目を通した後、執務室の右側にある総副隊長席に向かい、書類を片付けていた蒼闇に声を掛けた。
「白蓮、任務内容は把握しましたか?」
 声を掛けられた蒼闇は、白蓮が目に入るとわずかに微笑みを浮かべて応じた。
「はい。大名暗殺を企む組織の壊滅、ですね」
「ええ、その通りです。この組織に関して手に入った情報がここにあります。取り敢えず目を通してくれますか」
「はい」
 白蓮は言われた通り差し出された書類に目を通す。
そこに書かれてあったのは、組織の本拠地の図面、人数構成、戦力と首謀者の情報。
簡単には手に入らないはずの細部の情報がそこに詰まっていた。
「……蒼闇様、これは蒼闇様が?」
「ええ、まあ」
「さすがです…こんなに詳しい情報があれば遂行時間が大幅に短縮されます」
 白蓮に尊敬の目で見つめられ、蒼闇は困ったように笑う。
「そう大層なものではありませんよ。必要だと思われる情報を集めただけですから。まあ、それがあればある程度は問題ないでしょうが、気をつけて欲しいことが一つあります。首謀者についてです」
「この男ですね」
 白蓮が似顔絵の描かれた部分を指すと、蒼闇は頷いた。
「ええ、この男、忍ではありませんが、幻術使いだそうです。忍術とはまた違った幻術を扱うということなので惑わされないように十分気をつけて下さい」
「はい、助言ありがとうございました。では行って参ります」
 蒼闇は白蓮が部屋を退出するのを見届けてから深い溜息を吐いた。
それを見た蒼光も表情を曇らせる。
「蒼闇、大丈夫か」
「…ええ、ご心配には及びませんよ。蒼光こそ疲れていらっしゃるのでは?」
「いや、俺は大丈夫だ。ただ…」
「白蓮が心配、ですか」
「ああ」
 互いが同じ気持ちでいることを察し、沈黙した。
 ここ数日、二人は白蓮の心の問題について何か解決策はないかと任務以外の時間を使っていろいろ調べていた。
結果はあまり芳しくなく疲労だけが溜まることとなり、二人の表情は冴えない。
 傍から見るに、白蓮も心体共に限界が近いこともあり、この任務の結果如何で彼女の処遇を決めようということになっていた。
「これに関しては私達にはもうどうすることもできませんから、後は彼女自身に任せましょう」
「……ああ」






 一方、白蓮は蒼闇から貰った情報により、有利にことを運んでいた。
十数人いた敵は、瞬く間に白蓮の手にかかり、残るはあと一人、首謀者のみ。
 白蓮は図面を思い出しながら首謀者の部屋に向かう為、階段を駆け上る。
最後の一段を上がりきった瞬間、異質な気配を感じて、白蓮は立ち止まった。
「何…?」
 白蓮は注意深く辺りを見回すが、目の見える範囲に異常は見られない。
立ち止まるのは危険かもしれないと判断した白蓮は、用心しながら目的の部屋に滑り込んだ。
 部屋の中は真っ白に統一されていた。
同系色の空間は幻術を仕掛けやすい。
警戒しつつ、部屋を見渡すと、堂々と笑みを浮かべて立つ首謀者の男が視界に入った。
「おやおや、どんな忍がやってくるかと思えば、このような麗しい女暗部だとは。待っていて正解でしたね」
「…あなたが今回の首謀者、ですね」
 白蓮の問い掛けに男は妖しい笑みを浮かべる。
「そうだと言ったら? 俺を殺しますか?」
「……」
 人を食ったような答えに白蓮は無言で男を睨みつける。
それを楽しげに受け止め、男は更に挑発的な言葉を発した。
「いいですよ、別に殺しても。ただし、俺を殺せるものならば、ね」
「……どういうことです」
「ふふ、あなたは気付かないのですか。名高い木の葉の暗部ともあろう方が? もうあなたは私の手の中だというのに」
「!?」
 にやり、と笑う男に白蓮はとっさに身構える。
しかし、時すでに遅く、景色が一瞬にして大きく歪み、気付けば真っ暗な闇の中に一人立っていた。
 そこは毎夜見る夢の世界と酷似していて。
白蓮は思わず息を飲んだ。
「ここはあなたが最も恐れているものをそのまま映し出す世界。どうぞゆっくり堪能して下さい」
 闇の中から男の楽しげな声が聞こえ、白蓮は唇を噛み締める。
 認めたくはないが、恐れているものがあの悪夢だというのであれば、この後出てくる光景は真っ赤な世界―――
 どんどん青褪めてくる白蓮の様子を何処からか見ているのであろう、男が漏らしている笑い声が闇の中に響き渡り、否応無しに白蓮の聴覚を刺激する。
相手の恐怖する姿を見て楽しむその卑劣な精神に白蓮は負けたくない、と強く思った。
 その微妙な心境の変化を見て取ったのか、男は嘲るように白蓮に追い討ちをかける。
「…さすがに我慢強い。では、一つあなたの為に趣向を凝らしましょう。俺の力は相手の最も恐れているもの、最も大切なものをそのまま映し出すことができるんですよ。もし、それを同時に映し出したら、一体どんな幻が楽しめるのでしょうね?」
 白蓮はその言葉に嫌な光景を頭に思い浮かべてしまい、慌てて首を横に振る。
しかしそれを嘲笑うかのように、白蓮の想像をより悲惨なものにした光景が目の前に映し出された。
「蒼光様…蒼闇様……」
 現れたのは暗部姿のナルトとシカマル。
 本物かと思いたくなるほど似通った二人が白蓮の目の前で、笑顔を浮かべていた。
思わず気が緩み、白蓮が微笑を浮かべた刹那、彼らの足元がぬかるみ、じわじわと水が溢れだす。
臭いと色からそれがいつもの夢と同じ血であることに気付いた白蓮は、思わず二人に駆け寄ろうとした。
「来るな!」
 蒼光の拒絶の言葉に白蓮は思わず立ち止まる。
 そして、見てしまった。
 彼の背中から胸にかけて貫き通した鋭い刃を。
「―――っ!」
「蒼光!」
 白蓮は硬直し、目の前で起こる光景を唖然と見つめた。
 蒼光を貫いた刃は、次に蒼光を抱き止めようとする蒼闇に襲い掛かる。
蒼闇はよける間もなく真正面から心臓を串刺しにされた。
二人が血溜まりに倒れ、血溜まりは二人の血によって更に広がる。
それがついに白蓮の足元まで来た時、我を忘れて絶叫していた。
「いや―――っ!」
 白蓮の悲鳴を心地良さそうに聞く男。
現実か幻か混濁したまま、白蓮の意識は遠のいていった。
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