本編1

□緋色の闇
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執務室では三代目が三人の到着を待っていた。
 先日、任務を取りに来た蒼光が開口一番『日向ヒナタを暗部に入隊させたい』と言った時には何事かと思ったが、事情を聞いて気付かなかったことに愕然としたものだ。
 年端のゆかぬ少女を闇の世界に誘うのは心苦しいが、反面、ナルトやシカマルの良き理解者、良き仲間になってくれることは嬉しい。
 本人の意思もあるし父親である日向の当主にも了承を得ているということであればもう何も止める理由はなかった。
「三代目、暗部総隊長蒼光参りました」
「同じく総副隊長蒼闇参りました」
 今までのこと、これからのことをつらつらと考えていると、ことり、と小さな音がして、三人の若者が三代目の前に跪く。
三代目は意識を現実に戻し、ゆっくりと頷いた。
「蒼光、蒼闇待っておった。…そこにいるのは日向ヒナタかの」
 緊張で体が少々強張っている女性に優しく問い掛ける三代目。
女性―――ヒナタは、一つ深呼吸して、三代目にはい、と返事を返した。
「そう硬くならずともよい。話は全て蒼光、蒼闇の両名から聞いておる。気付いてやれなくてすまなんだの」
 三代目の優しい言葉にヒナタは黙って首を振る。
三代目は慈しみの目を向けたまま言葉を紡いだ。
「暗部入隊を望んでおると聞いた。ここに暗部面も入隊指令書もある。だが、もう一度確認しておきたい。日向ヒナタ、暗部入隊を果たせば闇の世界へ身を落とすこととなる。それでもよいか」
「はい」
「手を血で染める日々が続くぞ。それでも?」
「…はい。私の手はすでに血に染まっております。今更何の躊躇いがありましょう。蒼光様と蒼闇様のお傍にいられるのであれば、私はどのようなことも耐えられます」
 ヒナタの毅然たる態度に、三代目は暫し見つめた後に真摯な表情で口を開いた。
「よかろう。そこまでの覚悟があるならば、わしも入隊を認めよう。暗部名は蒼光、おぬしに任せてよいか?」
「三代目、それは……」
 蒼光は突然の言葉に戸惑いの色を含ませる。
 暗部名は絆を結ぶ火影が決めるもの。
蒼闇の時は一度きりの例外だと思っていたのに、三代目はそれを再び破るつもりなのだ。
「蒼闇の時も言ったじゃろう、彼女はおぬしの為に暗部に入る者。ましてや他ならぬおぬしが認め、受け入れた仲間じゃ。おぬしが名を授けるのは当然のことじゃと思わんか」
「……」
「これからもそうじゃ。蒼闇やヒナタのようにおぬしの為に暗部に身を投じる者はおぬしが名を授けよ。そのほうがよい」
 楽しげに笑って告げる三代目に、その場の雰囲気が柔らかくなっていく。
その雰囲気に推されるように蒼光は微笑を浮かべ、了承した。
「御意。お言葉ありがたく。…では、ヒナタには白蓮(びゃくれん)の名を」
「うむ、白い蓮か。よい名じゃ。日向ヒナタ、おぬしに暗殺戦術特殊部隊への入隊を命ず。この時より、白蓮の名を持って任務に就くがよい」
「御意。これよりこの白蓮、三代目と暗部総隊長蒼光様、総副隊長蒼闇様の為、身命を賭して任務を遂行いたします」
 三代目が呪を唱えると同時に入隊指令書が燃え、白蓮の肩に刺青が浮かび上がる。
差し出された暗部面を着けた白蓮は刺青を見て誇らしげに微笑んだ。
「さて、白蓮、早速だが一件任務をこなしてもらう」
 入隊を果たした白蓮の正面に立った蒼光は、ここからが本題だと言わんばかりに一つの任務書を取り出して手渡す。
「初任務…これはお前への入隊試験だ。そのつもりで心して遂行するように」
「御意」
 入隊試験という言葉を聞き、白蓮の表情に緊張が走る。
 そんな初々しい所作に、わずかに微笑んだ蒼光は励ましの言葉を掛けた。
「そう緊張しなくていい。いきなり難しい任務を振るつもりはない。ランクはS。実力を出し切れば難なくこなせるはずだ」
「私達もあなたの様子を見る為について行きます。命に関わらない限り、手は出しませんが傍にはいますから」
「はい、ありがとうございます」
 蒼光と蒼闇、それぞれに優しい言葉を掛けられ、白蓮の緊張はあっさりと解けていた。
そのまま任務書に目を通し、情報を頭に叩き込む。
「では、行って参ります」
 数分で準備を整えた白蓮は三代目に一礼する。
三代目が頷くのを見て、蒼光、蒼闇と共に静かに部屋を退出した。
「過保護じゃの……」
 一部始終を見ていた三代目は、三人を見送った後、苦笑を禁じ得なかった。
 必要以上に部下を甘やかさない蒼光と自分にも他人にも厳しい評価を下す蒼闇が揃って白蓮に優しいのだ。
二人のあんな様子は滅多にお目にかかれるものではない。
 他の暗部達が見たら一体どんな顔をすることか、と思いながら、それだけ彼女が二人の世界に入ることを許されているのだとわかって、三代目は書類を捌きながら密かに喜んだ。






 白蓮の受けた任務は抜け忍二人の抹殺だった。
対忍戦ほど実力を測り易いものはない。
また、命を奪うということで、暗部としての覚悟をみることができる。
白蓮の初任務には打って付けの内容だった。
 情報に基づいて走り続けた白蓮は、火の国の国境付近の森で標的を捕捉した。
 相手は上忍レベルが二人。
記憶の戻る前の彼女であればとてもじゃないが不可能な任務だ。
 記憶が戻ってから数日、自信をつけるべく修行をしてきたが、いまひとつ自分の力を信用しきれていない気持ちがある。
それでも、蒼光や蒼闇の信頼を裏切りたくない一心で今の自分の知識を総動員して抜け忍達と対峙した。
「二人とも、そこで止まりなさい」
 白蓮の凛とした涼やかな声が辺りに響き渡る。
ぎくりとして止まった抜け忍達の前に、白蓮が音もなく立ち塞がった。
「―――っ、暗部か!」
「ちっ、もう少しの所を!」
 恐怖と苛立ちが混じった表情で吐き捨てる忍達に、白蓮は自分でも驚くほどの冷たい声で言い放った。
「里抜けは全ての里共通のご法度。その行く末は死あるのみです。お覚悟を」
 白蓮は言葉と同時にクナイを構え二人に迫る。
慌てて術を使おうとした一人に時間を与えず切りかかった。
「ぐぁっ」
 くぐもった呻きと共に白蓮のクナイは相手の心臓に吸い込まれる。
それを、勢いをつけて抜いた反動で体を反転させ、背後を取ろうとしていたもう一人の首目掛けてクナイを突き出した。
「があっ」
 クナイは急所に見事に入り、血を噴出しながら倒れる。
白蓮はクナイを抜き取り、数歩後退りすると、呆然と立ち尽くした。
「なんて…あっけない……」
 たった二撃。
 それだけで二人の命を奪ったことに驚いてしまったのだ。
 目の前にあるのは二つの血塗れの死体。
そして、前のように血を全身に浴びてはいないが、クナイを握った手は相手の返り血が付着している。
 その赤い色に意識が吸い込まれそうになった時、がさりと背後から音がしてはっと意識を現実に戻した。
「いけない…」
 小さく呟いた白蓮は抜け忍の額宛をとり、火遁の術で跡形もなく消し去る。
 そうして振り返った先には、全てを見ていた蒼光と蒼闇が白蓮を迎えるように立っていた。
「蒼光様、蒼闇様……任務、完了いたしました」
 その場で膝を折り、報告した白蓮に、二人の満足そうな声が掛かる。
「白蓮、見事だった。いささか簡単すぎたようだな」
「そうですね、一人でそれだけこなせれば十分です。今のあなたの実力は、おそらく暗部内でも上位に位置するでしょう。五指に入るのも時間の問題ですね」
「ありがとうございます」
 二人に褒められた白蓮は、先程の気分が嘘のように一掃され、喜びが表面に現れる。
 白蓮自身、先程驚いてしまったのは、てこずることなく短時間で片がついたことに対してだと、流してしまったのだ。
 それが、後々自身を苦しめる発端となるのも気付かずに。






 里に帰り、三代目に報告書を提出した白蓮は、今日はゆっくり休めと蒼光達に言われるまま、退出した。
残った蒼光と蒼闇は、『どうじゃった?』と訊ねる三代目を前に、難しい顔をして白蓮の様子を語った。
「技術には問題なしだな。現段階で実力は暗部の中でも上位に位置する。二対一での任務だったから多少は時間が掛かると思っていたんだが、あっさりと数分で終わらせた」
「私達が思っていたよりも才能に恵まれているようですね。経験さえ積めばすぐに五指に入る実力を手に入れるでしょう」
 手放しの好評価に三代目も嬉しそうに頷く。
しかし、聞く限りでは良い結果であるのに、難しい表情を崩さない二人に、三代目も不審に思い視線で続きを促した。
「……気になることがある。忍としての能力ではなく、日向ヒナタとしての心の方にな」
「心、じゃと?」
「ええ、彼女はおそらく、過去を克服できてはいません」
 蒼闇の断言に三代目もことの重大さを悟り、顔を顰める。
「どういうことじゃ」
「抜け忍を始末した後、奴らが作った血の海と自分のクナイと手に付着する血を見て一瞬だが呆然となった」
「本人はあっけなさ過ぎて驚いたのだと思い込んだようですが、あれは間違いなく血を見ての反応です。このまま何事もなく克服できる可能性もありますが、心の問題ですからどう転ぶか私にも予想がつきません」
「そうか……」
 三代目は蒼闇の言葉に腕を組んで考え込む。
「どうしましょう、このまま様子を見ますか?」
「……そうじゃな、現段階で任務の妨げになるほどのものではないのであれば、様子を見る他あるまいな。くれぐれも、ヒナタの変化を見逃さぬように」
「了解した」
「何かあればすぐに報告いたしましょう」
 この時、三代目も蒼光、蒼闇も、取り越し苦労であればよいと思いながら話を終えた。
 しかし、彼らをあざ笑うかのようにその願いはあっさりと瓦解したのである。
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