本編1

□出会い
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どのくらいそうしていただろうか。
 お互いの存在を感じ合い、気持ちが落ち着いた所で二人はようやく話をするため体を離す。
「なあ、話をする前に取り敢えず、結界を修復してくれないか?」
 シカマルの言葉に、蒼光は何を、と言うような様子で首を傾げる。
森の結界を修復するのは分かる、禁域の森と言えど、どこで聞き耳を立てている者がいるか分からないからだ。
でも結界ならばシカマルでも簡単に張ることが出来るはず……そう思った所で、やっと納得する。
 今のシカマルは三歳児の本来の姿。
そんな子どもが高度な結界を張ることがおかしいから代わりに張って欲しい、と蒼光に言ったのだ。
蒼光はすぐさま複雑な印を結び、森全体に強固な結界を張る。
「これでいいか?」
「ああ」
 張り終えてシカマルの了承を得ると、蒼光はさらに印を結び、音を立てて術を解く。
蒼光だった者は、一瞬の後に子どもの姿になる。
その正体は、シカマルが待ち望んだ人物、ナルトだった。
「ナルト……ありがとな」
 シカマルは、本来の姿に戻ったナルトを見ると、微笑んで礼を述べる。
ナルトは、彼の礼が何に対してなのか唐突で判断しかねたが、なんとなく、特定の事柄についてではなく、いろいろなものを含めて指しているような気がして、無言で首を横に振った。
 シカマルに会ったら言わなければならない事がたくさんあった。
逃げてしまったことを謝って、真実を話して。
 そして、暗部に誘い、共に過ごして欲しいと願う。  
覚悟はしてきたし、言う内容も考えてきた。
なのに、言葉がまったく出てこない。
 そんな弱い自分に歯がゆい思いをしながら何度も口を開こうと試みるが、全て失敗に終わった。
 ナルトの葛藤を察したシカマルは少しでも彼の心の負担を軽くしようと先に口を開いた。
「ナルト、この前のこと、ごめんな。俺の都合ばかり押し付けようとしてお前の気持ちを考えてやれなかった。お前にしたらそう簡単に打ち明けられる内容じゃないよな」
 シカマルの言葉を聞いたナルトは一瞬目を見開いた後、激しく頭を振った。
「違う! シカマルは何も悪くないっ! 俺の方こそ途中で逃げてごめんなさいっ……怖かったんだ、真実を知ってもし里人のように拒絶されたらって……シカマルのこと信じ切れなくてっ……」
「でも、信じてくれたんだろ? ここに来てくれたということは」  
 それだけで十分だ、と笑うシカマルにナルトは泣きそうになるのを抑えながら笑顔をつくった。
「シカマル…すべて話すから聞いてくれる?」
 ナルトの申し出にシカマルは頷き、長い話になるだろうからとその場に座り込む。
お互いが座った所でナルトは深呼吸をしてゆっくりと話し始めた。
「どこから話そうか…まずは九尾と神子について話すね。九尾は木の葉の里を含むこの周辺一体の土地神なんだ。妖狐から神格化して神狐になったのが九尾で名前は…」
「ちょっと待て!」
 シカマルはナルトが九尾の名を告げようとした時、急に言葉を遮った。
ナルトは驚いて言葉を止める。
どうして? と目で訴えてみれば、シカマルは苦笑いしながら答えた。
「遮っちまって悪い。だけど、今、九尾は神狐だと言っただろ? 神や妖の真名というのは古来より力があると何かで読んだことがある。俺なんかが知っていいのか?本人に了承得てからのほうがいいんじゃねーか?」
 シカマルの指摘にナルトはそういえば、と思い返した。
 確かに真名を知ると言うことは、神や妖との場合、相手を縛ることと同意になる。
悪人に知られればそれだけで危険なのだ。
九尾のような神格を持つ者の場合は、力自体が強大で操られる前に相手が死滅してしまうだろうが、出来れば知る人は少ないに越したことはない。
「わかった、シカマルがそう言うのなら今は言わない。もし、九尾がいいって言ったら名前、話すね」
 ナルトの返答にシカマルも今度は否はなく、同意する。
「じゃあ、続きだけど、九尾は土地神としてこの地を治めてた。そこに初代火影がやってきて里を作ったんだ。木の葉の里を作る際、初代火影は九尾を訪ねた。やっぱり土地神の許可がないと里は繁栄しないし、守護もして貰えないしね」
「九尾は、訪れた火影を気に入り、里を作ることを許可したんだな」
「そう。九尾は初代火影を気に入った。そして、彼の勇気と力、心の強さを認め、里を作ることを許した。同時に彼に『神子』の名を与え、心を通わせあうことを…友とすることを認めたんだ」
 ナルトの話に神子の名が出てきたところでシカマルは違和感を覚える。
九尾が名を与えた、ということに自分の認識とは違う真相が隠されている気がしたのだ。
「ナルト、神子ってのは一体どういう意味があるんだ? 里と神との絆を守る者の名が神子だ、と思ってたんだけど、お前の言い方だと違う意図があるみたいだよな?」
 シカマルの質問にナルトは心の中でさすが、と感嘆しながらニコリと笑う。
「いいところに気付いたね。神子というのはそもそも神側の言葉なんだ。神々の間では神子とは神の子、つまり神の意を受け継ぐ者という意味がある。伝わっているのは人間と神との絆を守る伝達者の部分のみなんだけど、実は神の世界に行くと神子は自らの神よりも下の格付けの神への影響を持っていたりするんだ」
「てことは、神子は九尾よりも格下の神であれば従わせることができる、と。そういうことか?」
 シカマルの確認に頷くナルト。シカマルはスケールの大きさに深い溜息を吐いた。
「そうか、だからこそ神子が悪用されない為に秘されているわけか……」
「まあ、それもあるんだけど、木の葉では初め神子の存在を隠していなかったんだ。それが秘されるようになったことについては、また後で話すから。取り敢えず話を元に戻すね」
「ああ、逸らせちまって悪い」
 バツの悪そうな表情に、ナルトはくすり、と笑う。
本当に彼の頭脳は知識を得ることにかけて貪欲なのだ、と改めて思う。
そんな時のシカマルは生き生きとしていて、見ているナルトも嬉しくなる。
「里を作るにあたって九尾は条件を出した。それは里の場所と九尾の住む森とがあまりにも近かったから。条件の一つは九尾の住む森に無闇に近づかないこと。もう一つはたとえ入ったとしても九尾の眷族を殺さないこと。初代火影はそれを当然のものとして快く受け入れた。同時に彼からも九尾に願った。人と神との仲介がこれから必要になる。自分がいる間はよいが将来自分の死後、伝達者が必要だ、木の葉の里から神子を選んで欲しい、と。九尾もこれは承知した。必ず木の葉から選ぶと。以後、神子は木の葉の者達の中で最も力があり、心強き者を九尾が選ぶようになった。……世襲制にならなかったのはどうしてなのか、シカマルならわかるよね?」
「ああ、もちろん」
 ナルトの言いたいことはわかっていた。
世襲制は危険だ。それは数々の歴史書からも証明されている。
親がどんなに優れた存在であっても、その子どもが同じとは限らないからだ。血継限界であれば多少血も関係するだろうが、だからと言って里最強になれるとは限らない。
「最も力のある者、心の強き者か。心の強さは正しい判断が出来ることだと認識していいのか?」
 神に認められるのだ、それは邪心を持っていては無理だということはわかる。
ただ、心の強さも人によって考え方はさまざまだ。
その点、どの基準で判断をしているのかシカマルは迷っていた。
「そうだね。この場合の心の強さはそれでいいと思う。何事にも左右されず正しい判断が出来ることが重要だから」
「そうか、わかった」
―――この場合、か―――
 おそらく無意識に出たのであろう言葉。
シカマルは頷きながらも、これが全てではないことを予想していた。
同時に、話をすべて聞けばわかるであろうということも予想し、ナルトの話の続きを聞く。
「初代火影は里人にこのことを話し、里人も受け入れ九尾を土地神として崇めた。この頃は歴史書にもあるとおり、初代火影と彼を慕う忍達だけだったから、邪な心を持つ者もいなかった。里は穏やかに繁栄していった。この時点では神子のことを秘する必要などなかったんだ。秘さなければならなくなったのは繁栄を始めた里の噂を聞き、流れてくる者が増え始めてからだ。もちろん、忍に登用することに関しては厳正なる試験を用いて行ったが、一般人に関してはそうはいかない。里に住む為にはある程度の審査は必要だったが、厳しい制限は出来なかった。そういった後から加わった者の中には九尾を信用しない者、話自体を信じない者も現れ、時折遊び半分で九尾の森に入ろうとする輩も増えてきたんだ。だから火影は九尾と相談して森自体への立入りを禁止し、九尾については正しい判断とそれなりの力を持つ上忍以上に伝える方法に切替えた」
 だんだん現れてくる真相にシカマルは今まで自らが組み立てた推測と照らし合わせて正しい答えを導き出していく。
「……なるほどな、そして神子の話は秘中の秘とされ、上層部の一握りの忍しか知らせなくなったというわけか。九尾の森についてなんだが、こちらでは立入り禁止にしたと言うが、九尾側からは? 伝承じゃ、禁域とされる森に立入り神罰を下された者がいるとあったよな? それに、禁域とされる森なんてこの禁域の森以外俺は思いつかないんだけど、まさかここが……?」
 立て続けに疑問を投げかけるシカマルにナルトも一瞬唖然としたが、気を取り直して彼の疑問の一つ一つに答えた。
「さすがシカマル、目の付け所が違うね。九尾が住んでいた森は確かにこの禁域の森だよ。そして禁域の森の特性が九尾側の答え。シカマルなら言わなくてもこの森の特性知ってるよね? この森は九尾の力を受けて、森自体が力を持った特別な場所。新月の時も、九尾が住んでいるということ自体が森に力を与えていて、結界が弱まることなんてなかった。これは元から聖域としてそういう風になってたみたい。九尾が初代火影を認めた理由もわかるだろ?」
「そうだな」
 つまり、初代火影も森に認められた上で九尾に対面したと言うこと。
確かにそれだけでも賞賛に値するのだろう。
「それに、九尾と対峙するのは、シカマルが考えているよりも、ものすごく大変なことなんだ。一般人が本来の姿を現している九尾と対面したら一発で神力に当てられて命がなくなってる。九尾自身が人に形を変えて力を抑えていれば、そんなこともないけど、それでも近寄りがたいんだって」
 ナルトの言葉にシカマルは九尾が神であることを再認識させられる。
でもそれならばどうして、九尾事件は起こったのか。
禁域の森が新月で結界が弱まったとしても、九尾がいるのであれば、邪な心の持ち主は入れないはず。
そんな考えが顔に出ていたのか、ナルトと視線が合うと悲しそうな視線を向けられた。
「……あの事件は、あまりにも間が悪かった為に起こった、としか言いようがない。あの日、俺が誕生した日は、まさに新月だった。俺が誕生したと同時に、九尾は俺が神子の素質を持った子だと感じたんだって。歴代にない強い力だった為に興味を惹かれて俺の顔を見に里に下りた。人の姿をしてね。そうして九尾がいなくなった森は当然力を得られない為、結界が弱まる。普通ならそこで九尾は一部の力を残して強化して降りるんだけど、その日に限って強化しなかった。木の葉に降りるだけだったからほんの僅かな時間だし、問題ないと思ったんだ。それが過ちだった。里に下りて俺の顔を見ていた九尾は、森から急に眷属達の悲鳴を聞き、慌てて引き返した。そこで見たものは……眷属達の無残な姿と、木の葉の忍と思われる気配の残骸だった」
「……愚かな…」
 シカマルは唇を噛み締めた。
里人が何かしでかしたのだろうと推測はしていたものの、よりにもよって木の葉の忍が手を下していたとは。
九尾が怒るのも無理はない。
「……当然、九尾は怒り狂った。今まで守ってきた存在に裏切られたんだ。神子が手を下したとは思わなかったものの、我を忘れた九尾は当事者である忍だけでなく、里人全てを憎しみの対称にしてしまった。当時神子だったのは四代目火影。四代目は神子としての力を使い、九尾の心を読み取ってその真相を知った。里の忍がしでかしたことは許されるものじゃない。犯人を探し出す必要があったが、それよりも先に九尾の怒りを静めなければならなかった。でも相手は神。いかに神子でも、神を御することなんて出来やしない。だからこそ命と引換えの封印術を使うことを決意した。問題はその器。神を封印する為には生きた器が必要。それも神の怒りを静められるような清浄な魂を持ち、尚且つ力のある器。幸いなことに該当する人物が一人だけいた。それが俺。四代目の息子であり、次代の神子に選ばれるほどの力を持ち、生まれたばかりで清浄な魂を持っている。俺は、実の父親に九尾の封印の器とされた」
「ナルト……」
 シカマルは思わずナルトを抱き締めた。
言葉を紡ぐたびに表情が暗くなり、彼の心が悲鳴を上げている、自らの心を傷つけている、そう感じたからだった。
「真相を何も知らない里人は九尾を憎悪の対象にした。俺のことも九尾と同一視して憎むようになった。俺は…物心ついた時から命を狙われ続けてきた……」
「もういいっ!!」
 強い口調でそれ以上の言葉を遮ったシカマルはナルトをより一層強い力で抱きしめた。
「もういい、ナルト。全部わかった。これ以上、自分の心を傷つけてまで言わなくていい。……ありがとうな、辛かったな、一人でよくがんばったな……」
「シカ…マルっ……」
 温かい言葉に涙が零れる。
そんなナルトを抱きしめながら、シカマルは、彼が落ち着くまで優しく頭を撫ぜ続けた。
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