本編1

□出会い
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 湖に着いたシカマルは畔の木に凭れ掛かる形で座り込む。
ぼんやりと空を眺めながら考えるのは、やはりナルトのこと。  
今日ここで待って会えなければ会いに行こう。
待っているばかりでは何も始まらない。
父―シカクの言った可能性は会わないことには確認のしようがないのだ。
もし会いに行って拒絶をされたら、その時は潔く諦める。
何のことはない、ナルトに会う前の生活に戻るだけだ。
……いや、そうじゃない、彼のことを大切に思う気持ちが失われるわけではない。
断ち切れるはずがない。
ならば、影から彼が幸せになるまで見届けよう、それくらいは許されるはず。
それが俺の生きる意味になる。
どうでもいいこの命、大切な人の為に使うのも悪くないではないか。
 シカマルは自らの気持ちの整理をし、結論を見出すと、ふっと心が軽くなるのを感じた。  
まずは、ナルトの居場所を突き止めなければ。
おそらく彼の情報に関しては厳重になっているはず。
いっそのこと、火影様に直接訊いてみるのもいいかもしれない。
火影様もナルトの理解者は一人でも欲しいはず。
 シカマルはこの時点で火影がナルトの味方だということに疑いをもっていなかった。
何故なら、暗部は火影に任命されなければなれないからだ。
暗部になる時点で火影がナルトの事情を知らないということはまず有り得ず、暗部の任命は、知った上で信用している証とシカマルはみていた。
 合わせて、シカマルが火影に会いに行き、その本性を知られてしまうことについても、あまり危険視していなかった。
ナルトを信用できる者であるのならば、その器は自然と知れる。
他の上層部の者がどうあれ、火影だけは信ずるに足る存在だろうと判断していた。
 明日以降の段取りを真剣に考えるシカマルは、その集中のあまり、周りの気配の確認を怠ってしまっていた。
理由として安心していたということもあったかもしれない。  
禁域の森は文字通り木の葉の里では入ることを禁じられている森。
それに輪をかけてどうやら自然の霊気が働き、特殊な結界が出来ているようなのだ。
何故か月の満ち欠けによって結界の強度も変わってくるようだが、まず、森に認められた者でなければ入ることは叶わない。
入れたとしても入口で拒絶され、迷った末に森の外に出されるか、森の霊威に当てられ狂い死ぬ。
 シカマルは森に認められたらしく、迷ったことも霊威に当てられたこともない。  
蔵書館の地下でそれを知った時は軽い驚きを感じたものだが、実際体感して、妙に納得したものだった。
 だからこそ気を張らず安心していたのだが、彼はナルトのことに集中するあまり、ある重大なことを忘れていた。
結界の強度が月の満ち欠けで変わることと、今日が新月で一番結界が弱まる日だということを。
 いつもなら些細なことで何事もなく終わっていたかもしれない。
だが、今日は彼の知らない所でさまざまな条件が重なってしまった。
 一つは火影が暗部に禁域の森付近で任務を出していたこと。
もう一つは、任務レベルが高く、本来実力一位のナルトに与えるものだったのを、ナルトを気遣った火影の判断で、目下二位の実力を持つ暗部・氷月(ひづき)に任務を与えたことだ。
 氷月は健闘した。
二十人ほどいた他里の忍を残り一人まで殲滅し、目的を阻止することに成功した。
だがその一人が手強く、一瞬の隙に逃げられたのだ。
よりにもよって禁域の森の中に。
 氷月は一瞬躊躇したが、すぐに後を追った。
その一瞬が敵にとって有利に働く。
新月で弱まっていた結界は敵の渾身の力で遭えなく砕け散り、森の中への進入を許してしまう。
禁域の森がどんな森なのか知らなかったからこそできた行為だろうが、それがシカマルを窮地に陥れる結果となった。
 シカマルが敵の気配に気がついた時にはもうすぐそこまで来ていて、何かしらの対処をする前に対峙することになった。
『しまった……っ、今日は新月かっ』
「こんな所にガキだとっ!? まあいい、人質になってもらおう!」
 対峙した敵の力はシカマルにとって大したことのないものだったが、今の姿は本来の三歳児の姿。
敵の背後から来るもう一つの気配も感じ取り、それが木の葉の忍のものだと気付いた為に、迂闊に力を出すことは出来ないと瞬時に判断する。
『大人しく捕まるしかないか……』
 己の迂闊さを呪いながらも怯えた表情を作り大人しく捕まるシカマル。
ほぼ同時に氷月も姿を現し、幼子が捕まっていることに動揺を見せた。
「なっ、子どもが何故っ?」
「ふっ、形勢逆転だな。このガキを殺されたくなければ大人しく引いてもらおうか」
「卑怯なっ」
 氷月は怒りのこもった声で吐き捨てる。
それに対して敵は嘲笑とも取れる笑みを浮かべた。
「何とでも言うがいい! どんな手段を用いようと生き残ればいいのだ!!」
「おのれ…っ」
 じりじりと詰め寄ろうとする氷月だったが、その度にシカマルの首にクナイを突きつけられて叶わず、膠着状態が続く。
 シカマルも己の失態に内心歯噛みしたい思いを抱きながらもどうにか打開策を練ろうと考え始める。
その時、森の入り口付近で馴染みのある気配を感じた。
状況を把握したのか、森に入ってすぐに気配が消え、感じられたのはほんの一瞬だったが、シカマルが彼の気配を間違うはずがない。
気配の主が誰なのか頭の中で瞬時に認識すると、喜びが込み上げ、口元に笑みが零れた。
「さあどうする、木の葉の暗部! このガキを見殺しにして俺を殺すか? 大人しく引くか?」
「くっ…」
 シカマルの喜びとは裏腹に氷月は苦悩していた。
子どもを無視して切りかかるのは簡単だ。
だが、無傷で子どもを助けてやれる自信はまったくなかった。
加えて一人で二十人程いた敵の忍と対峙した後である為、さすがにチャクラに余裕はない。
いったん引くしかないのか……そんな苦い思いが頭によぎった刹那、頭の中に直接怒鳴り声が響いた。
『何をしている! それでも木の葉の暗部か!』
 突然のことで硬直してしまった氷月。
それを隙と見たのか引き上げようとした敵の忍の頭上に黒い影がよぎる。
 それが何なのか認識することのできないまま、敵の忍の意識は霧散し、闇に飲まれた。
辺りに散る赤い液体。
敵は突然現れた者に斬られ、物言わぬ屍と化したのだった。
 辺りに満ちる静寂。
一瞬のうちに現れた暗部服と白の狐面を身に纏う者。
 氷月は、今まで敵がいた場所に静かに立っている者が何者なのか、何が起こったのか把握するとようやく安堵し、力を抜いた。
「蒼光(そうひ)さん…ありがとうございました」
 蒼光と呼ばれた人物は敵の屍を術で焼き払うと振り返り、氷月を見据える。
彼は氷月の感謝を聞くと、厳しい言葉を返してきた。
「氷月、先を見極める眼を磨け。お前の実力ならもっとやりようはあったはずだぞ」
 氷月は蒼光の言葉に反論せず、静かに頭を下げる。
言い返さないのは、蒼光が里でも火影を凌ぐと言われるほどの実力を持ち、かつ、厳しいと思われがちな言葉が少しでも生き残る力をつけさせる為の助言であることを知っているからだ。
「すみません。迂闊でした。まさかここに子どもがいるとは思いもよらず…」
「ここは木の葉の里の領域だ。どんなに低い確率だろうと、いろんな可能性を考慮に入れて動け。でなければ咄嗟のことに体が動かない。それは自らの命取りにもなりかねない」
「ええ、肝に銘じます」
 気を引き締めて頷いた氷月に一つ頷くと、蒼光はふっと雰囲気を柔げた。
「まあ、今回の任務は元々俺に与えられるものだったと火影様に伺った。ランクから見てここまで出来れば上出来だ、ご苦労だったな」
「いえ、蒼光さんも忙しい身ですし、俺で出来ればと思ったんですが、逆に迷惑をかけてしまいましたね」
「いや助かった、ありがとう」
 蒼光の礼に氷月は歓喜する。
彼は一言で皆をその気にさせてしまうのだ。まさに上に立つ者としての素質を備えた人物。氷月は彼に近づく為、今後も精進することを決心しながらも、残っている問題、子どもに眼を向けた。
「さて、そこの子どもはどうしましょう? まず身元を確認しますか?」
「いや、いい。素性は分かっている。子どものことは俺が対処するからお前は火影様に報告した後帰っていい」
 氷月は蒼光の言葉に軽い驚きを示したが、すぐに気を取り直し、承知した。
「分かりました。後のことは蒼光さんに任せます。では」
 一礼と共に去っていく気配。それが完全に森から消え失せると、狐面を外して無言でシカマルに近づき、力いっぱい抱きしめた。
「無事でよかった……っ」
 先程の氷月に対する態度とはうって変わった弱弱しい様子にシカマルは苦笑を漏らしながらも抱きしめ返す。
彼が誰なのか、など問う必要はなかった。
たとえどのような姿に変えていようと、気配をまったく違うものにしていようと、シカマルには彼だと言うことが直感で分かったからだ。
理論で裏付けされたものではないが、自信はある。
「悪い、心配かけたな」
 傍目から見ると、幼い子どもに青年が縋り付くという奇妙な構図ではあるが、本人達にそのようなことを考える余裕はない。
会わなかった分、お互いの存在を確かめるように、ただ抱きしめ、ぬくもりを感じ合った。
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