本編1

□出会い
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一方、シカマルは後悔していた。
 ナルトがそこまで語ることを拒むとは思っていなかったのだ。先日、自分が近づいたにもかかわらず熟睡しているナルトを見て、信頼を得ることが出来たのだと確信していた。  
暗部を勤めるほどの忍である彼が熟睡できることが信頼の証明だと。
それほどまでに信頼を得られたのであれば、話してもらえるだろう、そう思っていた。
それは間違いだったのだろうか? 自分は安易過ぎたのだろうか。
 呼び止める声も聞かず、逃げられてしまった瞬間、全身に冷水を掛けられたように真っ青になる自分を自覚した。
そして、その原因に気付いた時、ショックを受けた。 
 自分が恐怖したのは真実を語ってもらえなかったからではなく、ナルトが二度と自分の前に姿を現してくれないかもしれないというその可能性。
 真実を知ることよりもナルトを選んでいる自分に、そこまで心の中に占める割合が大きくなっていることに、ショックを受けたのだ。
 すでにナルトは自分にとってなくてはならない存在になっていたのだということを今になって思い知らされた。
なんという滑稽さ。もう笑うしかないではないか。  
 それでも認めるしかなかった。
ナルトへの想いを。
興味でも友情でもない、恋という想いを彼に抱き始めていた自分を。そして、得る前に失ってしまったかもしれないという事実を。
 三歳にして経験した感情。
何も知らない者であれば、それは勘違いだと言うかもしれない。
幼子がそんな感情を抱くなどありえない、と。
 でもシカマルは普通の三歳児ではなかった。
体は三歳児でも心はすでに大人と変わらぬものだった。
アンバランスであるがゆえに感情が破綻しかけたこともあったのだが、そんな彼が始めて経験した正の感情がナルトへの想いだった。
 だがそれが消えかかっている今、シカマルの感情はまた破綻しようとしていた。
それをかろうじて留めているのは、待ち合わせ場所の湖への日参。
ほんの僅かな可能性にすがり、通うことでかろうじてシカマルの心を正常に留めていた。
「ナルト……」
 シカマルは湖へ毎日通い、彼の名前を呟く。
そうして夜明けまで過ごし、帰宅する。
この繰り返しの生活を送っていた。
そんなシカマルの異変に現役の上忍である父・シカクが気付かないはずがない。
シカマルとしては、いつもと同じように接しているつもりだったが、やはり微妙な違いが生じていた。
普段のシカマルからなら感じられる覇気が感じられなかったのだ。
 そのことに気付いたシカクは息子の急激な変化を異様に思いつつも、心配し、話を聞きだす決意をした。
三歳の子どものことだ、話を聞いたとて、分かるとは限らない。
だが、息子は普通の子どもとは違う何かを持っていると、親としての感が告げていた。
それを無理に聞きだすつもりはないが、このまま苦しむ息子をほっておくつもりもなかった。
「よお、シカマル。どうした、最近元気ねえなぁ?」
 シカクは部屋で寝転んでいたシカマルの頭をガシガシっとかき回し、明るい口調で問い掛ける。
シカマルは、そんなシカクをじっと見た後、横を向いて答えた。
「べつに、なにもない」
「そうかぁ? べつにって言う面じゃねえぞ? なんでもないならもっと明るい顔しろや」
「……」
「なあ、俺はこれでもお前の親だ、たった三年しか生きていないお前よりは経験もある。そんな年で溜め込むことを覚えんじゃねえよ」
 シカクの温かい言葉にシカマルは心を動かされる。
頼る必要はない、巻き込んで迷惑かけてはいけない、いままでそう思っていた両親の存在。
けれど、親というのはこんなにも暖かく、頼りになる存在なのか、と考えを改める。
「……おれにとってだいじなやつに、きらわれたかもしれない。もうあってくれないかもしれない。どうしたらいい?」
 シカマルは三歳の子どもの表現できる範囲を考えながら自分の悩みの一端を打ち明けた。
心を開いてくれたことに、シカクも嬉しさを感じながら、子どものようで子どもらしくない彼の悩みに素直に感嘆する。
「その年で、もう大事な奴を見つけたか。さすが俺の息子だ! そうだな、そいつは本当にお前を嫌ってるのか? 嫌いって言われたか?」
「…きらいとはいわれてない。かくしていることはなしてっていったらにげられた」
「そうか、そいつとの信頼関係…仲はどうだった? うまくいってたか?」
「うまくいってた…と、おもう」
「じゃあ、逃げたのはお前を嫌ってるからじゃないかもしれないぞ? 好きだからこそ打ち明けるのが怖いこともある。嫌われたくない、そんな思いから逃げることだって人間にはあるんだ」
「…すきだからこそ…?」
 シカマルにとってそれはまさしく盲点だった。  
そんな考え方があることを、欠片も考え付かなかったのである。
人間関係については机上の空論では考えつかないものが存在すると承知しているつもりだったが、まだつもりの範囲だったらしい。
「ああ。お前にはまだ難しいか? まあ、諦めずアタックしてみることだ。どんな嫌な部分をみても嫌いにならないってことを証明できたら、きっとどんなことも打ち明けられる存在になる。そうさな、お互いだけの呼び名なんてのも決めると効果的だな! それだけで特別だって気持ちするだろ?」
「うん……」
「まあ、がんばってみな! いつでも相談に乗ってやるからな! そいつとの関係がたとえ駄目だったとしても、お前の人生はこれからなんだ、いくらでもめぐり合えるチャンスはある。気楽にいけや」
 シカクはもう一度シカマルの頭を撫でると部屋を出て行った。
その背に小さな声で『ありがと…』と呟くシカマルの声を聞いて満足しながら。
 シカクが部屋から出ると、シカマルは大きく溜息を吐いた。
シカクの答えは三歳の子どもに対するものではなかった。
おそらく、自分のことを完全にではないものの、何らかの形で感づいているのだろう。
それでもあえて黙っていてくれるその懐の深さに改めて感謝した。この人の息子でよかった、と。
「いつか、打ち明ける時が来る。それまで…わりいな、親父」
 シカマルは、今は届かない思いを影分身と共に部屋に残し、一路湖へと向かった。  
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