本編1

□残想
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 気にならないわけではなかった。
英雄と呼ばれたその存在を。
木の葉の里の一員としてではなく、同じ血を引く者として。
それが自分の父親だと知ってからは尚更に。
 それでも、相手はもういなくて、誰に聞くこともできなくて、ずっと心の中でしこりとなって残っていた。
 どんな気持ちで息子である自分に九尾を封印したのか。
忍という殺伐とした世界で生きながら、人間の裏表を知らざるをえない世界で生きながら、なぜ里が九尾を封印した子どもに優しいと考えることができたのか。
 今の自分と里の実態を見てどう思うのか……
生きていたら思い切りなじることができるのに。
憎むことができるのに。
そして……
 ナルトはそこまで考えて否定するように首を振った。
やめよう、こんな今さら意味のない思考に浸るのは。
 大きく息を吸い、吐くと同時に全身の力を抜く。
そんなナルトの背後からそっと優しい気配が近づいてきた。
 自分の知る唯一気を抜くことができる気配。
その気配はナルトが気付いているのを知った上で、隠すことなく近付き、優しく彼を包み込んだ。
「ナル…」
 ナルトだけが知る二人きりの時だけ聞くことのできる甘い声。
ナルトの表情は一気に軟化し、穏やかな笑顔を作る。
「シカ…」
 シカ、と呼ばれた者は、ナルトの声に応えるように彼を包み込む力を僅かに強めた。
「こんな所にいたのか、心配した」
 朝起きたらいなかったから、と小さく呟かれて、ナルトは彼に黙って出てきていたことを思い出す。
「ごめん、シカ。早く眼が覚めたからちょっと散歩するつもりで出てきたんだ。すぐ戻るつもりだったから…」
 申し訳なさそうに謝るナルトから無事ならいい、言いつつ離れようとする気配にナルトは慌てて振り向いた。
「シカっ」
 振り返って見えたのは彼の優しい微笑みで。
 怒っていないことがわかり、慌てた自分に赤面しながら今度は自分から抱きついた。
 生まれてきてから今まで、一度として何かを求めたことのなかった自分に初めて求めることを教え、手を差し伸べた自分を無条件で受け入れてくれた人。
 自分の為に同じ闇の道を歩むことを選んでくれた人。
 奈良シカマル、九尾憑きと憎まれ忌み嫌われるうずまきナルトを支えてくれる唯一無二の恋人。
「シカ…」
 甘えるように抱きつくナルトに、シカマルは苦笑しながらも甘受する。
「どうした? 何か嫌なことでもあったのか?」
「…そうじゃないけど、ちょっとね、考えてた」
「そうか…」
 シカマルは、ナルトの背を優しく叩く。
 シカマルはナルトが何を考えているのか何も言わなくても察してくれる。
些細な行動で自分の心の中までも把握して、甘やかしてくれる優しい恋人。
 里随一とも里の頭脳とも呼ばれるその頭をナルトの為だけに使ってくれるのだ。
「今日は下忍の任務なかったよね?」
「ない、ちなみに暗部の任務も今日は休みにしてあるぜ」
「え、ええっ!?」
 先程の優しい微笑を一転させて、にやり、不敵な笑みを浮かべたシカマルをナルトは驚きの声を上げて見つめた。
「だって、じいちゃんの机の上、あんなに書類たまってたぞ? それで任務がないなんてこと……」
 ありえるわけがないのだ。
下忍の任務ならともかく、暗部に来る任務は重要なものばかり。
普通の忍が扱えないものや緊急のものが多々あるのだ。
 しかも昨夜、任務報告に行った時、三代目火影の机の上にはうんざりするほどたくさんの未処理の書類がおいてあったのを目撃している。
加えて、ナルトは暗部総隊長、シカマルは暗部総副隊長という地位についていて、他里でも木の葉最強と言われている程の強者。
そんな二人が休める余裕などないはずだ。
「……シカ、何かした?」
 ナルトは、恐る恐るシカマルに訊ねる。
先ほど浮かべた不敵な笑み、不可能を可能にすることができるシカマルのこと、絶対に何か仕掛けがあるはず。
それを肯定するかのようにシカマルは唇を僅かにつり上げた。
「ちょっとな。最近、まともな休み取ったことなかっただろ。俺達まだガキだってーのに、大人よりも働いてるんだぜ? いい加減一日くらい休みを寄越せって三代目に直談判してきた」
 直談判、といったら聞こえはいいが、結局の所シカマルは三代目を脅してきたのだろう。
ナルトは容易に想像が付いてしまい、心の中で三代目に謝った。
「任務の方は大丈夫なのか? シカは暗部だけじゃなくて解部や戦略部の方もあるんだろ?」
 俺も技術部とか医療部とかあるし、と言いつつ手を回してあるんだろうな、と思うあたり、ナルトもシカマルの思考パターンに染まっている証拠だろう。
「大丈夫だ。緊急のものはできる奴に回してやったし、解部や戦略部の方も今日までのものは終わらせてある。ナルの方もちゃんと話しつけてあるから」
 想像通りの言葉にナルトは苦笑する。
「じゃあ、今日は一日中シカと一緒?」
「ああ、一緒だ。…嫌か?」
「嫌なわけないだろ! 嬉しいよ!」
「よかった」
 シカマルの滅多に見られない笑顔にナルトはつられて笑顔になる。
そして、どちらからともなく唇を軽く合わせた。
「とりあえず、朝食にしよう。今日の予定はその後な」
 ナルトはシカマルの言葉に頷き、手を繋ぎながら自宅へと向かった。



 ナルトの自宅は禁域とされる森の奥深くにある。
下忍としてのナルトが住んでいるアパートはカムフラージュにすぎず、シカマルもアカデミー入学以来、ナルトの自宅に一緒に住んでいるのだ。
 ここを知る者は限られていて、十二年前の真実を知り、ナルト本当の姿を知った上で味方をしている者のみ。
ナルトにとっては唯一の安息の地である。
 自宅に帰ったシカマルは、朝食の片付けをしているナルトを見ながら考え事をしていた。  
ここ数日、ナルトの様子がおかしかった。
任務や普段の生活には影響ない程度の変化ではあったが、ふとした拍子に物思いに耽り、暗い顔をしている様子を見てしまっては、恋人として黙ってはいられない。
愛しい人の悩みを解消すべく、原因を探し始めたシカマルだったが、答えは意外に早く見つかっていた。
 ナルトがおかしくなったのは、ある忍術を習得した日からだった。
その忍術とは、時空間忍術。
父親である四代目が得意としていた術である。
 ナルトは四代目の術をさらに自分でアレンジしていくつか新しい術を作り、三代目を驚かせていた。
その時に三代目が言った言葉、
『さすが四代目の忘れ形見、血は争えぬのう』
 あの言葉を聞いたとたんナルトは今にも消えそうな儚い笑みを浮かべていた。
きっとナルトが悩んでいるのは四代目のこと。
父親への思慕、自分をこのような境遇に追いやったやり場のない怒り、憎しみ、自分をどう思っていたのかわからない不安、全てがナルトの中で昇華できずにくすぶっているのだろう。
 シカマルは、その結論に至ってすぐに四代目に関する書物をあさり始めた。  
そして、ある巻物を見つけたのだ。  
難しい封印や暗号が施してあったが、何とか解読する。
しかし、読むことができたのは初めの数行だけ。
その後は読めないような細工がしてあった。
 シカマルにはそれを解くことはできなかったが、それがナルトの悩みを解決するものであろうという妙な確信を持った。
 いろいろ手を回して休日を作ったのは、一緒に過ごしたいからというのもあったが、本当はナルトの悩みを解決する為だったりする。
めんどくさいことこの上なかったが、愛する人の為、そんなことも言っていられない。
「シカ、終わったよ。……シカ?」
「あ、ああ、ごくろーさん」
 突然目の前に現れたナルトにシカマルは多少驚きながらもねぎらいの言葉をかける。
その不自然さにナルトも不思議に思ったのか首を傾げた。
「どうしたの、シカ、何か考え事?」
「まあ、な。……ナル、ちょっといいか?」
 突然真剣になったシカマルにナルトも神妙な顔付きで頷き、シカマルの隣に座る。
座ったのを確認したシカマルは、どこからともなく巻物を二つ出し、机に置いた。
「…これは?」
 意図が掴めず説明を乞うナルトに、シカマルは意を決して話し出した。
「先日探し物していて見つけた。どうやら四代目が残したもの、みたいなんだがな、俺には初めの数行しか解けなかった。もしかしてお前なら解けるんじゃないかと思ってな」
 シカマルはそう言いながらナルトに巻物の一つを渡す。
ナルトは四代目、と聞いて目を大きく見開いていたが、素直に巻物を受け取った。
「……シカが解けないものを…俺が解けると思う?」
「ああ、解けると思う。初めの数行読んでみろよ」
 ナルトはシカマルの言葉に少しずつ巻物を広げ、暗号になっている文章を解きながら読み進めた。
読んでいくうちに体が震えだすナルト。
それを予測していたシカマルは、支えるようにそっと肩を抱いた。
「シカ……こ…れ……」
「ああ、これは四代目がお前の為だけに残したものだ。だからこの続きはお前だけが解くことができる」
 初めの数行に書かれてあった内容はこうだった。

『トキノ チカラヲ ツギシ モノヘ トキノ チカラヲ モチテ フウインヲ カイジョスベシ』

 時の力、すなわち時空間忍術。
 これを扱える者、または扱える可能性がある者は四代目とその息子であるナルトのみ。
四代目はきっとナルトならば時空間忍術を扱えるようになると信じてこの巻物を残したのだろう。
「ナル、解いてみろよ」
「……」
「ナル」
 促すようにナルトの名を呼ぶシカマルに、ナルトは首を横に振り巻物を机に放り出した。
「や…やだ! 俺は解きたくない! こんなのいらない!」
「ナル」
 なだめるようなシカマルの声も今のナルトには聞くことができず、否定的な言葉が次々と溢れる。
「どうして!? よけいなことするなよ! 俺はこんなこと頼んでない!」
「ナル」
「バカ! シカのおせっかい! シカなんか嫌いだ!!」
「ナルッ!!」
 びくり、とナルトの体が大きく震える。  
怒鳴るように名を呼ばれて、初めてシカマルの顔を見る。
シカマルは怒っているような悲しんでいるような顔をしながらナルトを見ていた。
「ナル、俺を嫌いになってもいい。けどな、これだけは解いて読んでくれ。絶対お前の力になる。俺のエゴかもしれねーし、よけいなお世話だとも思う。嫌な気分になるかもしれねーが、お前の悩みを解決するいい機会じゃないかと思ったから。読んでどうするかはお前しだいだし、俺のこと嫌になったんなら俺は出て行くから」
「やっ、だめ! シカ行かないで!!」
 ナルトは混乱する頭でシカマルの出て行くという言葉だけは聞き取り、シカマルにしがみついた。
「シカごめん、嫌いじゃない、嫌じゃないから行かないで! 俺……お…れ…っ」
 今にも泣いてしまいそうな表情で必死に言葉を紡ぐ姿はとても愛しくて、シカマルもナルトを抱きしめる。
「ナル、わりー言い過ぎた。行かないから、傍にいるから。んな顔するな」
「う、ん」
 シカマルは震える体を抱きしめ、少し後悔していた。
急ぎすぎたのだろうか。
ナルトの悩みを解決しようとするあまり、ナルトの心を無視してしまったのだろうか。
そこまで四代目へのしこりが深かったのだろうか。
 そんな思いが去来していたシカマルに、落ち着いたナルトから声がかかる。
「シ…カ」
「ん?」
「俺、やる、よ」
「ナル…」
 シカマルはナルトを放し、顔を見た。  
ナルトは先程の混乱が嘘のように落ち着き、静かな表情でシカマルを見る。
「シカが俺の為にこれを捜してくれたこと、わかったから。俺の悩みもシカにはお見通しなんだよな。今まで、シカの言う通りにして駄目だったこと一度だってないから、だからやってみる」
 ナルトはそう言うと放り出した巻物を机に広げ、一つ息をつき、すばやく時空間忍術の印を結んだ。
 瞬間、あふれ出す光と白い煙。
「―――ッ」
 二人が反射的に目を瞑って顔を庇い、光と煙が引くのを待って目を開けると、そこに存在したのは―――
「「四代目」」
 四代目火影の姿だった。
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