本編1

□憂いと癒し
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「シカマル……」
 暗部の任務が終わり、眠りについたナルトを眺めながら溜息をついていたシカマルに突然声が掛かる。
まったく気配がなかったのに声を掛けられ、シカマルはビクリと大きく体を震わせた。
しかし、声の主を見て瞬時に何者か悟り、体に入った力をゆっくりと抜く。
 声の主は、足首まである金色の髪を手で後ろに払いながら、深い赤の瞳をこちらに向けている。
まさに人外の美しさを持つこの男性をシカマルは知っていた。
「神金緋……」
 神金緋、と呼ばれた男性はゆったりと笑みを浮かべシカマルに近づく。
シカマルがいる側のベッドサイドに腰を掛けるとシカマルを手で招き寄せた。
「こちらに来よ。シカマル」
 シカマルは黙って彼に従いベッドの上を移動する。
神金緋の傍まで寄ると、神金緋はシカマルをふわっと横抱きし、まるで幼子を腕で愛おしむような体勢をとった。
これにはさすがのシカマルも驚き戸惑いの表情を浮かべる。
もう十歳を迎えた子どもにこの赤子のような扱いはどうかと思ったからだ。
「神金緋……一体何を…」
 言いかけたシカマルの口を神金緋は手でそっと押さえ、言葉を止める。
くつり、と笑うと愛情の篭った瞳でシカマルを見据えた。
「そなた、己のことを気付いておらぬか。何をそんなに憂う」
「憂う……?」
 シカマルは何のことなのかわからず首を傾げる。
「俺は、別に憂いなど……」
「いや、憂いておる。そなた自身のことではなく我が神子のことでな」
「……っ!」
 思いもしなかった所からナルトのことを出され、シカマルはらしくもなく動揺する。
そしてナルトだけなく自分のことも気にかけ、愛情を向けてくれる彼に全ての力を抜いて身を預けた。
「神金緋には適わないな……まあ、神狐に人が適うはずがないんだろうけど」
 その言葉でシカマルが憂いていることを認めたと知った神金緋はもう一度くつり、と笑った。
「我とそなたとでは生きてきた時が違うゆえ、当然のことよ。シカマル、闇の愛し子よ、心の内に抱えるのはよくないこととわかっておろう? 今は我以外、聞く者がおらぬ。全て吐き出してしまうがよい。そなたの心が壊れてしまう前にな」
 神金緋の諭しにそこまでやわではない、と答えようとしたシカマルだったが、神の見立てに偽りがあろうはずがない。知らず知らずの内に限界が近づいてきているのか、と思い直し、心の内を整理しながら想いを吐き出し始めた。
「今日、アカデミーの帰りに里の奴らがナルに暴行を働きやがった。神金緋の力とナルの医療忍術がなければ死に至ったかもしれねーほど容赦なく、だ。それなのにナルの奴、俺が止めに入るまで無抵抗で受け続けて……神金緋もナルの中で見てただろ? あいつ、それでも穏やかに微笑むんだ。俺は大丈夫、シカがいるから≠チて」
 その時の様子を思い出したのか、シカマルが苦々しげに溜息をつく。
神金緋もその時のことを思い出し、わずかに眉を顰めた。
「今日だけじゃない、いつもそうだ。暴力を受けない日のほうが少ないくらいなんだ。それを見るたびに俺の中で日に日に里人への憎しみが積もる。ナルは悪くない。神金緋だって悪くない。少し考えて調べたらわかるはずなのに、調べようともせず、偽りを信じて行動する奴ら。ナルを苦しめて喜んでいる奴らが俺には許せない」
 少しずつ吐き出す想いを神金緋は頭を撫でてやりながら黙って聞き続ける。
それに安心したシカマルは鬱憤を爆発させるように続けた。
「いっそのこと、全てを壊してしまいたい! そうすればナルを苦しめる存在はなくなる! だけど、それは今まで俺やナルを大事にしてくれた三代目の想いを潰すのと同意になっちまう。こんな里でも三代目は愛してるんだ!」
 一気に話したシカマルは、肩で息をしながら手で顔を覆う。
その姿を見ていた神金緋は頭を撫でる手を止め、シカマルの手を顔から外させた。
「シカマル、そなたの想いはそれだけではなかろう? 一番の憂いの元を言い忘れておるぞ」
 刹那、唖然とした表情がシカマルの顔に浮かび上がる。
そして、自嘲的な笑みを浮かべ力なく首を振った。
「ほんと、神金緋には敵わねえ。……そうだよ。俺が一番許せないのは、里人でも何でもねえ。ナルを守ると誓ったのに守りきれていない未熟な俺自身だ! どうして俺はこんなに情けねーんだ! もっと俺に力があったらっ、もっと上手く立ち回れたらこんなっ……」
 感情の高ぶりに耐え切れず、涙が込み上げてきて止めることもできず。
シカマルは嗚咽を漏らしながら涙を流し続けた。
 神金緋はシカマルを労るように抱き締め、落ち着かせるように背中を撫でる。
「シカマル、それは思い上がりだと自身でもわかっておろう? そなたはまだ幼い。それでも、ここまで神子を守ってくれている。我にはわかる。身体的には苦しくとも、神子の心はそなたがいるだけで守られているのだ。そなたがいなければ、神子の心は凍りつき、壊れておっただろう。そなたの存在はそれだけ大きい」
「…し…きび……」
 シカマルは、零れる涙を拭きながら顔を上げ、神金緋を見上げる。
神金緋はふっと微笑み、シカマルの瞳を捕らえた。
「そなたは未熟などではない。我が神子以外に名を呼ぶことを許した存在ぞ。我が認めておるのにそなた自身が認めずしてどうする」
 優しい言葉にシカマルは完全に涙を止め、神金緋の瞳をしっかりと見つめ返す。
その表情には生気が戻り、神金緋を安心させた。
「……うん。そう、だよな。神金緋が認めてくれているのに神の言葉を俺が否定したらいけない、よな」
「そうだ。そなたはそのまま真っ直ぐ進めばよい。神子の心はそなたが守っておる。ならば、我はそなたの心を守ろうぞ。そなたとて、まだ大人に庇護されるべき齢であることを自覚せねばな。苦しい時は我を呼べ。我はそなたを常に見守ろう」
 神金緋の慈愛の深さにシカマルは嬉しそうに頬を緩め、年相応の幼い表情で頷く。
それに満足した神金緋は、シカマルの額にそっと親愛のキスを送り、再び頭を撫で始めた。
「今宵は寝付くまでこのままでいよう。何も考えず眠るとよい。そして、朝には神子に笑顔を見せてやるがよかろう。神子も不安がっておったからな」
「ん。やっぱり気付かれたのか……神金緋、ありがとな」
 親愛のキスを送られたことに多少の照れを感じながら、シカマルは素直に頷く。
その瞳が静かに閉じられたのを確認した神金緋は、微笑を浮かべたまま二人の愛し子の眠りを見守り続けた。
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