本編1
□緋色の闇
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吸い込まれそうなほどの深い闇。
ヒナタは一人そこに立っていた。
音も気配もない、ただ静寂が広がる世界を見渡し、ヒナタはふと足元を見る。
すると計られたかのように急に地面がぬかるみ、じわじわと水のようなものが沸き始めた。
「なに……?」
ヒナタはしゃがみこんでその水にそっと触れる。
水にしてはどろっとする感触に嫌な予感を覚えながら、水がついた手を見つめた。
とたん、鼻に衝く異臭。
それは覚えのある鉄の錆びたような臭いで。
思わず凝視すると、なぜか手についた水の色がはっきりと浮かび上がった。
―――赤い
僅かに見える手の形に、はっきり浮かぶ赤の色。
ヒナタは、それが何を意味するのか、ようやく悟った。
手についているのは水ではなく、血。
はっとして地面を確認すると、いつの間にかそこは一面の血の海で。
ヒナタは声なき悲鳴を上げた。
認識した途端むせ返るような血の臭いが嗅覚を刺激し、ヒナタは込み上げる吐き気を必死で抑える。
とにかくここから抜け出そうと一歩歩いたその足に、硬いものがぶつかった。
ヒナタは恐怖に耐えながら恐る恐る見下ろす。
その硬いものは血に塗れた人のなれの果て、だった。
「―――っっ!!」
ヒナタは、ばっと音が付きそうな勢いで目を開く。
辺りを見渡せば見慣れた自分の部屋で、今までのことが夢であることを悟った。
それでも心臓は早鐘のように鳴り響いて止まらず、全身はびっしょりと冷や汗をかいていて、心を落ち着けるまでに数分を要した。
「夢…またあの夢……」
落ち着いたヒナタは手に血の跡が残っていないのを確かめるとほっと息をつく。
暗部に入隊して一月。
あの日からヒナタは毎晩同じ夢を見る。
血に塗れた自分の夢。
悪夢と言えるこの夢を見るようになった原因を、ヒナタは自身で承知していた。
「私は……まだ…弱い……」
か細い呟きは、誰に届くことなく部屋の中で霧散する。
ヒナタのトラウマは克服されてはいなかったのだ。
暗部に入ってただでさえ睡眠時間が短いのに、悪夢のせいで更に削られる。
ナルトやシカマルには心配をかけたくなかった為、話すことが出来ず、ヒナタの精神はぎりぎりまで追い詰められていた。
悪夢を見た後に思い出されるのは自らの手にかけた敵の忍達の最後。
割り切ることの出来ない弱さはアキレス腱となり、いつか必ず自らの身を滅ぼす。
それだけならばまだしも、大切な人―――ナルトやシカマルの身にも及ぶかもしれない。
ヒナタは、断ち切れない苛立ちと大切な人を危険に晒すかもしれない恐怖に、一人静かに涙した。