小説

□運命の恋人
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土方はいつも日常の色を連れてくる。

一緒に修学旅行に行く話は土方が学園の仕事を自宅に持ち帰ったからだ。
金時の最愛の恋人である、土方十四郎の勤めるミッション系の私立スクールは少々変わっている。
小学校から高校くらいまでの子供が通うその学園は設備が良く学費も高い。遠方からの学生に配慮して寮も併設されている。
学園の生徒は実に多様だ。
一般の学校に馴染めない子供や特殊なカリキュラムに惹かれた親に通わされる子供、海外留学を念頭にした育成を望む者、起業志望、モラトリアムの延長、およそ普通の学校組織というものの枠には当てはまらない。
昨今脚光を浴びている新しい形態のスクールのひとつ。
土方も公立高校では有りえない良い待遇と自由な校風でのびのびと講師(学園では教師という呼称はあまり使われない)を勤めている。
そんな学園にもいわゆる「修学旅行」はある。
希望者のみの参加で強制ではないが半数以上は参加する。
土方は大体そういった説明を金時にした。
土方はレトロな「修学旅行のしおり」を持ち帰って校正をしている。
なんでも放課後に女子生徒に追われて(土方は物凄く人気があるのだ)校正が出来なかったらしい。
「オマエは旅行どうだった?」
土方が冊子から顔を上げると金時を見つめた。
「俺、修学旅行なんか行ったことねェモン」
金時が軽く言うと土方はそうなのか、と返した。
必要以上に深刻な顔で何か言われる(店の女の子にはよくいる)のが苦手な金時は土方のこういうスタンスが好ましい。
別に何も同情を引きたくてしていることじゃないのだ。

金時の生い立ちやそれにまつわる諸々はただ単に事実であり過ぎ去った過去なのだ。
過去は過去であってそれ以上でもそれ以下でもない。
金時はそう思っている。
時折金時の断片を欲しがる女の子達に気紛れに投げ与えることがあってもそれは商売をスムーズに運ぶ為の潤滑油のような働きをしているに過ぎない。
人はそれがどれほど過酷であっても、
それが現実である限りは何らかの形で順応する生き物なのだ。

「できた?」
「大体な。読むか?」
手渡されて金時はぱらぱらと何気なくページを捲る。
「うわ、生意気。今時のガキって海外なんか行くわけ?」
親の金でイイ身分〜。茶化す金時に土方は少し笑った。
「国内組と海外組、選べるんだ」
「へぇ…」
飽きたのか放るように冊子を硝子テーブルに投げた金時に土方は向き直った。
「お前、どっちがイイ?」
「へ?」
「国内と海外」
「えーどっちでも別に…」
他愛の無い事を聴かれていると思ったのか金時は適当に返したが土方は真っ直ぐに金時を見つめて、その視線の強さに金時はどきりと固まる。
「修学旅行、するんだよ」
土方の言葉に、金時はちょっと面食らったような顔をした。
「大人がしちゃいけない理屈はねェだろ?まぁ国内の方が休み取りやすいか」
「…一緒に行ってくれるの」
「お前、嫌だってのか」
ぶんぶんと激しく首を振った金時に土方は満足げに息を吐いた。が、金時にはその態度がどこか安堵を含んでいるのが感じられて好ましかった。
横柄に見せながら土方は物凄く気を使う。
二月と八月は客があまり来ないので休みを取りやすい。
金時は土方と出かけるのが好きで旅行にも良く誘っていたから、とまりで出かけるのが負担になるタイプではないと考えたのだろう。

金時ははっきり言って土方にベタ惚れだったから繁忙期だろうとなんだろうと休みは取っただろうし、
土方と旅行なんて一も二も無く賛成だったが。
土方の節度や礼儀を忘れない態度は馴れ合いや凭れあいの渦の中で生きてきた(生きている)金時には新鮮で眩しい。
その他人行儀さが口惜しいと思うことも実は多いのだけれど。

土方は相手にどれだけ負担をかけないか、を考えているタイプなのだ。
愛している相手なら尚のこと。
独占欲の塊である自覚のある金時には、
土方がいつ自分を重いと感じないかという不安が常に頭の片隅にある。

言い出したことはまだないけれど。
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