小説

□愛する女は
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愛する女は

女は原田よりも戸籍からすると七つ年上だ。
戸籍を根拠にしたのは原田が女に年齢を尋ねる度に15、59、41、33、20と違った答えが出てくるからだった。
少なくとも15と59は違うと思った。
女はしかし少女のように無邪気でいつも笑っていた。
いくつでも構わなかった。
「こんにちは」
女はそう言って笑った。
夜でも昼でも。
いつも笑っていたがさらに笑って、
くしゃくしゃにした顔はまともに見られたものではなかったが原田にしてみれば可愛かった。
貧相な薄い胸と痛んだ髪を少女のように無造作に束ねただけの色気も何も無い姿。
それが原田を落ち着かせた。

女が春を鬻いでいた頃。
厚く塗りたくった化粧の中、そこばかりはどうしようもない黒々とした大きな眼球が好きで、原田は女によく言った。
「化粧なんかしなくていいんじゃないか」
女はそのたびににこにこしながら首を振った。
「わたし、わたしは、あれ、綺麗じゃないから、だめ、だめなの」
女はそう言った。
「なにもだめじゃないだろ」
「だめなの」
女は強固にそう言った。

戸籍から判断した女の生まれた日、原田は女に尋ねた。
「なにか欲しい物は無いか」
女は口を開けて暫くはくはくと閉じたり開いたりを繰り返した後、
黒々とした大きな目でじっと原田を見て言った。
「また、あいにきて」
そういえば「また来てね」と言った事が無いことに、次の約束を取り付けたが無い事に気が付いた。
「気をつけて」
女はいつもそう言うだけで。
原田は初めて女が自分に次をねだったことに素直に喜んで、女に聞いた。
「勿論来るが、何か欲しい物はないのか」
女はまた口を開いた。
「またきて、おねがい」
「誕生日は、普段は手に入らないものを手に入れても良い日なんだ。なんせこの世に生まれた日なんだからな」
女は黙った。原田が気をもむほど長い間黙りこくったと思えば
「すき」
女はそう言うと無邪気に笑った。


同僚にはあなたがほしいといわれているのだと、からかい混じりに言われて原田は赤くなった。

商売女の使う手管に騙されてどうするんだィ、と偶々居合わせた沖田は原田を哂った。
沖田は若い女に散々言い寄られているからそんな手管には飽き飽きしているんだろうと思ってから、照れたように原田は頭を掻く。


結局、商売女のことなら土方さんに聞けば良いんじゃないか、と言う周囲のアドバイスに従った。
素人どころか、男に目端の聞く玄人にも死ぬほどモテる土方ならば女の喜ぶ物も知っているだろうと考えてだ。
(近藤は申し訳ないがアテに出来ないし、沖田は女に何か贈って機嫌をとるようなことなどしないだろう)



世間話のついで、に女とのやり取りを口にすると、土方はじっと考えてから
「お前を本当に愛してるんだな」
そう言った。
謎かけのような笑みと一緒に。
「副長、俺はそういうのよく分らねェよ」
そう言うと土方はまた少し笑った。
「お前はどう思う、山崎」
いつからいたのか、土方に影のように寄り添う山崎に少し仰け反るが、山崎は淡々と言う。
「次を求めないのは自分が原田さんには不釣り合いだと思っているからでしょうね。
好きだっていうのが、普段はしてはいけないけど、特別な日なら許されるしたいこと、なんでしょう」



そんなの。

原田は自分に好き、とひとこと言う事が「欲しかった物」になるだなんて俄かには信じられなかった。
自分は決して、例えば土方のような溜息の出るような美形ではないし、沖田のような人形のように愛らしい顔でもない。
山崎のように気配りが出来るわけでもなく、厳つい顔と体で気の利いたセリフが言えるわけでもない。鬼のように強いわけでもない。
そんな男。
そんな男を愛してくれる女がいることが原田には最初から最後まで信じられるものではなかった。




それでも。

原田は女と暮らした。
女の気持ちが嬉しくて、女が自分を待ちきれないといった様子で出迎えてくれる事が嬉しくて仕方が無かった。
女が本当に自分で良いと思ってくれたら、籍を入れようと思っていた。
女の気持ちが変わる事があるかもしれないと原田は思っていた。

女の想いを疑うわけではないけれど、自分のような職務の男にいつ嫌気がさすとも限らない。
まだ二人は出会ってほんの僅かしかたっていないのだから。
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