小説2

□白昼夢
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激しい雨が降った翌日。
汚らしい地面に叩きつけられた犯罪者と乱闘する真選組の連中を
佐々木は部下と共に見つめた。
幕僚達は侮蔑を野卑な生き物に注ぐことでしか、己の優位を示せないと思っているのだろうか。
下劣な豚の群、と佐々木は脳裏で思ったが同時に、
彼等の野蛮な振る舞いをあざ笑う自分もまた矮小なのだろうなと冷めたまま考えた。
己の価値を正しく把握している以上、ここで己がするべきことは
肥え太った幕僚達と同じように、静かに冷ややかに立っているだけ。
いや、正確にはそろそろ銃を持ち出す必要があるのだ、
だが、
パトカーを蹴り破るように激しく、
副長の土方が降り立ったことで佐々木の脳はそれらを一時的に排除した。
佐々木が引き金を引く前に体に爆薬を巻きつけた男は土方によってその手足をもがれる。
スピードに乗った良い剣の腕だ。
土方はそのまま男を泥に沈め、爆薬を湿らせ手荒だが正確な爆弾処理を行う。
確かに処理班を呼ぶより早い。
脳髄を打ち抜く自分とどちらが簡潔かは論を待たないところだが、
土方の動きは美しい。
佐々木は静かに呟く。

君の、その美しい身体をむやみに。
そんな風に粗末に。
扱うなんて。

「汚れてしまいますよ、服が」
何故、そんなことを言ったのかは分からない。
部下の困惑は佐々木の埒外。

同じく無防備といえるくらい不思議そうに佐々木を見上げ、
思い出したように睨むという大層可愛らしい仕草をした土方に内心佐々木は笑む。
静かに。
土方は口を開いた。

「……黒い服ですから、泥をかぶっても平気です」
それからくすりと笑うと土方は悪鬼のような笑みを浮かべる。
「血を被っても」
静かに土方は言うとゆっくりとその指先を
血と泥に濡れた胸へ押し当てた。

「何者にも、染まることはありえません」

漆黒の衣服。
揶揄される白い、汚れを厭う己の衣服にその視線が堕ちるとき、
佐々木は急に夢の続きを思った。
夢の中ではいつも。
土方は白い衣服をまとっていた。
その意味を理解できないほど佐々木は愚かではない。

「……貴方にはお似合いですね」

彼の部下が殺気立つが、土方は意外にも何も言わなかった。
稀有な美貌をたださらして佐々木を見つめ返しただけだ。
漆黒の、なにものにも染まらぬその矜持。
確かに似合いの色だ。
畏怖と敬慕と、何より。

伝える術を持たないまま死んだ言葉は夢になる。
君は美しいのだと、
ずっと前から知っている。



欲しいものは永遠にこの手には降りてこないだろう。
正確には己の望む形で、ということだが。
これから夢の中で土方がいったい何色の服を着ているのか、
少しだけ待ち遠しいと思う自分を理解している。
仔猫のように従順な夢ですら、無体を強いていないのだから自分も大概愚かだ。

佐々木は絶望と呼ぶにはあまりに甘美な酩酊を覚え、
彼にしては珍しく理性的な思考を放棄した。

今夜も、
おそらく夢を見るのだろう。
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