小説
□第一幕
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☆1☆
霊峰と呼ばれる、久遠山の麓に小規模ながらも都市がある
その名も、月影町。
山の麓という事もあり、他の都市に比べて自然が豊かなこの町は、一年を通して観光に訪れる者も少なくはない。
しかも東方に海を構えているので漁業も盛んだ。
物語は、月影町の中に佇む古びた屋敷の稽古場から始まる。
木造建築の、歴史を感じさせる稽古場。
無音を具現化したそこには静寂の他に比喩できる言葉はなかった。
畳百四十畳以上の広い稽古場は、昨晩から冷された空気で満たされている。
窓からは緋色の朝日が差し込み、稽古場を紅に染め上げていた。
その静寂に包まれた稽古場に佇む者が一人いる。
歳は十四歳くらい。
赤い癖だらけの長髪を後ろで縛っただけの髪型が特徴的だ。
顔は全体を見れば整っている方なのだが、目つきがとても鋭いのが玉にキズ。
服はこの場に似つかわしく、白い胴着を着用している。
彼の名は伊織 紅端(いしき くれは)。
市立月影第一中学校に通う少年だ。
紅端は精神統一のためか、腰を軽く落とした構えの姿勢で深い呼吸をしていた。
吐く息は白い水蒸気となり、やがて空気中に溶けこむ。
紅端の見据える先にはボクシングジムにておなじみのサンドバッグが鉄のスタンドより吊されていた。
紅端は準備が整ったとでも言いたげに全身で一定のリズムでステップを刻み始める。
そして次の瞬間。
衝撃がサンドバッグに炸裂する。
紅端は驚異的な踏み込みと上半身のスイングを用いて文字通りサンドバッグを「殴った」のだ。
かなりの衝撃だったのだろう。