フライングSS

□闇と混沌
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「死んで貰おう」
「不承知」

 眩しい陽光の中、そこだけ夜を切り取ったような闇がわだかまる小田原城天守の一角。 波打つ紅毛を頭上で結わえ、青白き貌に鬼の如き粉飾を施したそれが、薄い碧眼で嘲る視線を向けて来るのを、半蔵は静かに見上げていた。
 彼の此度の任は関東の三雄との誉れも高い北条氏康の偵察。 だが北条には異形と名高き風魔忍軍があれば、たかが偵察と云えど配下に任せる訳にもいかず、半蔵自らが足を向けたのだ。
 案の定、小田原に入ってから数々の風魔忍軍の妨害にあい、半蔵は氏康の居城の本丸ではなくこの天守に追い込まれた。 正直とんだヘマをしたものだと心中腐ってはいたものの、勿論そんな素振りはおくびにも出さない。
 何故なら目前に立つ、おそらくおのれを此処へ招いた張本人である処のこの巨漢、初めて目にしたがこれが風魔忍軍が長、風魔小太郎その人であるとの確信を持っていたからだ。 このような化け物を前にして一瞬でも気を抜けば間違いなく、死ぬ。

 しかし目前の男のなんたる威圧感か。

 半蔵は内心の焦燥を表に出さぬようにするのに苦労をせねばならなかった。
 見上げるばかりの巨躯、異形の姿形、禍々しい存在感。 これは明らかに人に非ず、これが人だと云うのならおのれは一体なんだと問い返したくなる。
 半蔵とて常人ならざる技の数々、火術水術幻術の類まで使いこなす事はしたが、目前の男が使うそれはきっと妖術に違いないと確信を持って断言できた。

――これが、風魔小太郎。

 おのれが人より多少外れた醜き鬼の一族であれば、これはむしろ…

「我を目の前にして、物思いとは余裕だな」

 確かに、と半蔵は口元を歪めた。 不思議な事に目前に立つ男の姿がおのれの死そのものに見えて、その余りにもありありとした実感に、逆に現実味を感じられなかったのだ。
 戦えば死ぬ。 味方の援護も頼める戦場とは違い、ここは敵地のど真ん中だ。 例え目前の化け物と互角に勝負が出来たとしても、その腕をすり抜けて逃げる事はほぼ不可能だと半蔵は悟っていた。


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