風船葛

□第一話
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場所は十番隊から三番隊の執務室へと移る。





隊長室の前には一人の隊員だ書類の束を抱えて立っていた。


ノックをしたが、返事がなくどうしようかと悩んでいるようだ。


十数秒待ってから、『失礼します』と呟く程度に言い、扉を開くという結論に達したようだ。


『四席の月野です。書類の提出に来ました』


またしても呟く程度。


案外アバウトに中に入っていくのは三番隊四席 月野 奏。


彼女は隊長室には誰も居ないものだと思っていたようだが、どうやら検討違いだったらしい。


返事をする人がいないのではなく、返事をすべき人が眠っていただけであった。


高い書類の山の中で吉良副隊長は寝息をたてていた。


隊長室の中を見回すが、此処に居るべき、市丸隊長の姿はない。


奏は提出書類を隊長机に置き、一度自身の机に戻った。


再び隊長室に戻ってきた奏の手には薄手のタオルケットがあった。


『今日はもう帰る予定だったのに……』


そんな愚痴をこぼしながら吉良にタオルケットをかけ、山と化した書類の仕分けを始めた。


仕分けが済むと、急ぎと思われる書類だけを抜き取り、隊長室をあとにした。






奏が隊長室をでてから早2時間。


終業時間に間に合うようにと、ひたすら筆を走らせる奏。


持ち出した大量の書類は、分類する時点で一度目を通していたおかげか、かなりの速さで捌かれていった。


終業時間に間に合うかと思っていた量が、結局のところ30分程の余裕を残して終えられた。


奏は持ち出した書類を確認し穴がないかを確認すると、再び隊長室へと足を運んだ。




『(吉良副隊長は寝ている、市丸隊長が居るわけがない)』


奏は、心の中でそんな言い訳をし、隊長室の扉を足で開ける。


思った通り隊長の居ない静かな隊長室。


しかし、月野の読み違いが一つだけあった。


吉良は寝ては居なかった。


いや、ちょうど目が覚めたところであったのだ。


『お疲れさまです』


「…あぁ………」


奏は書類を机の上に一度置き、給湯室へ行き水をくむと吉良に渡した。


「すまない」


『いえ、お疲れなんでしょう』


「あぁ、今日の分の書類が……」


水を飲み、意識が覚醒したのか慌て出す吉良。


『今日が期限の書類は全部終わらせてあります』


奏の冷静な声に落ち着きを取り戻す吉良。


吉良が落ち着いたのを見計らって続ける奏。


『急ぎの書類については私が。あとは隊長が一度だけ戻られたので、捺印もいただきました』


「各隊に届けないといけなかった書類はどうなってる?」


『今ここには戻られた隊長はいません』


吉良の質問に矛盾したようにも聞こえる奏の返答。


「それは……」


何となく予想はつく。


しかし、信じがたいことである。


自分から進んでやるわけがないと、ならば何かで釣られたのかと考えをめぐらせる吉良。


『…………市丸隊長が「ボクが届ける」と』


「………………はぃぃ!?」


奏の答えに素っ頓狂な声を上げる吉良。


吉良がそう声を上げるのも無理はなかった。


吉良の考えはこうだった。


「(干し柿で釣られたんだろう)」


隊長を軽んじている説があるがこの際は無視だ。


吉良の予想はなんだったのか、隊長は自分から仕事をすると言い出したのだったらしい。


実際に隊長が言ったところを想像したのか、吉良の背に悪寒が走った。


普段はあまり表情を変えることのない奏でさえ、思い出したのか、口元をひきつらせていた。


「……それで、隊長は本当に書類を届けたのかい?」


先に恐ろしい想像から頭を切り換えられた吉良が奏に聞いた。


『……みたいです。市丸隊長がここを出てから少しした後に他隊の隊長方が、何があった、と聞きに来ましたから』


「まぁ、ともかく、よく隊長が僕を起こそうとしなかったみたいだけど、今日は何かあったのかな?」


その何かが毎日あれば楽なんだけど、と笑いながら吉良は言う。


『……吉良副隊長、仕事を持ち帰って終わらせてますよね』


「隊長がそう言ったのかい?」


『いえ、あの量が定時に終わるわけがないと……』


最後を濁しつつ答える奏。


「それで、そのことと隊長の行動に関係があるのかい?」


『お疲れなんでしょう。市丸隊長が声をかけても起きられませんでしたよ、吉良副隊長が』


『(もっとも起こすつもりはなかったみたいですけど)』


奏は心の中でだけそんな言葉を付け足す。


吉良は、大きく溜息をついてから口を開く。


「すまないね、僕の仕事までやらせてしまって」


『迷惑なんかしてませんから』


それに…………


『多少難しい書類捌くより、吉良副隊長が倒れる方が大変ですから』


「だけれども…………」


奏のいうことも一理あるだろうが下の隊員に負担をかけるのは忍びないと反論をしようとする吉良。


すかさず奏がその反論を遮るべく口を開く。


『部下を大切にしたい気持ちもわかります。でも、それで副隊長が倒れたりすれば、誰もが責任を感じることになるんじゃないでしょうか』


「……それもそうか」


奏にもっともなことを言われ、納得までしてしまう吉良。



あっという間に終業時間になり、隊員達が提出書類を持って隊長室を訪れては帰っていった。





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