イルゲネス

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 就寝前。フォンは実家の主治医に処方してもらった薬を煽る。
 自身の判断で、一回一錠。と言われているが、最近はほぼ毎日、倍以上の量を飲んでいた。
 そうしなければ眠れないのだ。寝ても、悪夢に引きずり込まれる。
 せめて眠っている間だけは何も考えたくない。
 ジェイクの事なんて──



 フォンはベッドにもぐりこむと、ぼんやりアイネスの言葉を思い出していた。

“失いたくないなら、自分から歩み寄らないと”

 わかっている。
 そんな事、わかっているのだ。
 自分はジェイクをなくしたくない。
 だけど、歩み寄る事なんて出来る筈も無かった。
 ジェイクの欲しいものと、自分の欲しいものは違うのだから。



 フォンはそっと自分の唇を撫でた。
 一瞬触れただけで離れてしまった温もり。
 自分が、拒絶した……。
 あれを受け入れていたら、ジェイクは側にいてくれただろうか。
 温かな掌も、柔らかな声音も、優しい言葉も。全て自分のものだったのだろうか。
 自分、だけの……

「俺だけの──?」
 眠りに溶けていく思考の片隅で、フォンは思う。
 何か今、自分は大切なものを見つけかけたような気がする。
 ほんの少しの、小さな可能性。
 けれど、それはフォンの手に入る前に砂となって掌からこぼれてしまった。
 フォンは答えを見つけられぬまま、眠りへと落ちていった。





「フォーティンブラス、眠ったか?」
 風呂から上がったニコラスは、そっとフォンの顔を覗き込んだ。
 秀麗な顔には、深い皺が刻まれ、目の下はうっすら黒くなっている。
 あまりよく眠れていないのだろう。
「…………あの男は、本当にっ」
 フォンを起こさないよう気を付けながらも、ニコラスは低く吐き捨てた。

 ジェイクはフォンから距離をおいた。そして、フォンを好きだと言いながらも、友人以上を望まないと告げた。
 それなのに、フォンの心はジェイクから離れない。
 むしろ、以前にも増してジェイクを思うようになっていた。
 それがどういう意味か、本人はまだ気付いていないようだが……恐らくそれも時間の問題だろう。
「早急に、手を打つべきかもしれないな……」
 ニコラスはフォンに向かって、そっと手を伸ばした。
 長い指が黒髪に触れる寸前。
 フォンの唇が微かに動いた。
 唇が形作った名前に、ニコラスの顔がひきつる。
「そんなにあの男がいいのか……っ」
 もう一刻の猶予も無い。
 ジェイクにはさっさとフォンの前から消えてもらう事にしよう。

 フォンに、もうこんな顔をさせぬために。



 ニコラスは固く決意すると、自身のベッドへ戻った。


 
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