イルゲネス

V
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 初めて、友人に手を上げた。
 一番親くて、一番大切な友に……





「ほら、駄目だったろ……?」
 ジェイクは赤くなった頬を軽くさすりながら、古びた棚のひとつに寄りかかった。
「フォン、俺はこういう奴なんだ」
「ジェ、イ……ク」
 声が、出てこない。頭が真っ白で、何も考えられない。
「これ以上側にいたら、お前の心につけこんで、無理矢理自分のものにしちまうかもしれない……」
 俯いたジェイクの表情は見えない。だが、その言葉だけは淡々と、フォンの耳に染み渡っていく。
「だから、距離を取ろうと思うんだ。
 お前が願う、理想の友人としていられるくらいの距離で」
 ゆっくり持ち上がったジェイクの顔は、泣きそうだった。
 笑っている筈なのに、酷く悲しげで……
「だから、フォン。わかってくれ……俺はお前に嫌われたくらいんだ」

 だから、側にいられない──



 その台詞に、フォンは目をみはった。
「ジェイク、俺は──」
 その先が、出てこない。
 側にいたい。でも、それは自分達の間にあるものを確実に壊す。
 今まで通りではいられなくても、互いのためを思うなら、ジェイクの言う通り、距離をおくべきなのだ。
「フォン。俺の想いに応えてくれ、なんて……身勝手な事言えない。
 俺はお前に幸せであってほしい。お前の嫌な事は何一つしたくないんだ」
「ジェイク、俺は……俺は、お前の、事……」
 嫌いに、なれない。
 ジェイクが自分に浅ましい欲望を抱いていると知って尚、嫌いになんかなれない。なれる筈が、ない。
 だって、ジェイクは──

「……ありがとな、フォン。俺の事、嫌いにならないでくれて」
 ジェイクは棚から背を離すと、フォンの隣に立ち、その肩に手を置いた。
「けど、もう“好き”とか言わないでほしい…………誤解しそうになる」
 ジェイクはそれだけ言うと、静かに部屋を出ていった。
「……っ」
 扉の閉まる音を聞きながら、フォンはぺたりと床に膝をつく。
 頭の中がぐちゃぐちゃだ。
 ジェイクの言葉とくちづけが、何度も何度もリピートされる。
 恋に破れたのはジェイクの筈なのに、フォンの方が何倍も何十倍も、心が痛かった。
 それはきっと、何の前触れも覚悟もなく、“親友”を失ったせいなのだろう。





 その日の夜、ジェイクは寮に──フォンの元に、帰ってこなかった。


 
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