イルゲネス
□V
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初めて、友人に手を上げた。
一番親くて、一番大切な友に……
「ほら、駄目だったろ……?」
ジェイクは赤くなった頬を軽くさすりながら、古びた棚のひとつに寄りかかった。
「フォン、俺はこういう奴なんだ」
「ジェ、イ……ク」
声が、出てこない。頭が真っ白で、何も考えられない。
「これ以上側にいたら、お前の心につけこんで、無理矢理自分のものにしちまうかもしれない……」
俯いたジェイクの表情は見えない。だが、その言葉だけは淡々と、フォンの耳に染み渡っていく。
「だから、距離を取ろうと思うんだ。
お前が願う、理想の友人としていられるくらいの距離で」
ゆっくり持ち上がったジェイクの顔は、泣きそうだった。
笑っている筈なのに、酷く悲しげで……
「だから、フォン。わかってくれ……俺はお前に嫌われたくらいんだ」
だから、側にいられない──
その台詞に、フォンは目をみはった。
「ジェイク、俺は──」
その先が、出てこない。
側にいたい。でも、それは自分達の間にあるものを確実に壊す。
今まで通りではいられなくても、互いのためを思うなら、ジェイクの言う通り、距離をおくべきなのだ。
「フォン。俺の想いに応えてくれ、なんて……身勝手な事言えない。
俺はお前に幸せであってほしい。お前の嫌な事は何一つしたくないんだ」
「ジェイク、俺は……俺は、お前の、事……」
嫌いに、なれない。
ジェイクが自分に浅ましい欲望を抱いていると知って尚、嫌いになんかなれない。なれる筈が、ない。
だって、ジェイクは──
「……ありがとな、フォン。俺の事、嫌いにならないでくれて」
ジェイクは棚から背を離すと、フォンの隣に立ち、その肩に手を置いた。
「けど、もう“好き”とか言わないでほしい…………誤解しそうになる」
ジェイクはそれだけ言うと、静かに部屋を出ていった。
「……っ」
扉の閉まる音を聞きながら、フォンはぺたりと床に膝をつく。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
ジェイクの言葉とくちづけが、何度も何度もリピートされる。
恋に破れたのはジェイクの筈なのに、フォンの方が何倍も何十倍も、心が痛かった。
それはきっと、何の前触れも覚悟もなく、“親友”を失ったせいなのだろう。
その日の夜、ジェイクは寮に──フォンの元に、帰ってこなかった。