イルゲネス

違う道に何を見る
2ページ/7ページ




「……今までありがとう、ジェイク。
 俺はもう、ひとりで歩いていけるから」
 震えそうになる体を叱咤し、フォンは笑った。
 これ以上、ジェイクを自分に縛り付けるわけにはいかない。
 ずっと側にいてくれたからこそわかる。
 ジェイクは“人”を愛しているのだ。
 殺し合いも憎しみ合いも、ジェイクを傷付ける。
 体の傷よりも、ずっとジェイクを深く苛むのだ。
 そして、元首となったフォンの側にいれば、ジェイクはもっとたくさんの痛みを背負う事になる。
 そんな事、耐えられない。



「以前言ってたな……自分の店を持つのが夢だって」
 だったらその夢を叶えてくれ──
 フォンはそう言って、笑った。笑って、ジェイクの背中を押した。
「今まで、本当にありがとう……」
 どうかこれからは、幸せに生きてほしい。
 たくさんの人に、笑顔に囲まれて、ジェイク自身笑っていてほしい。
 その為なら、これくらいの寂しさ、我慢出来る。

 フォンは最後に、別れの言葉を口にしようと、ゆっくり唇を開いた。
 だが──



「フォン」
「…………え」
 ふわりと、温かなものに全身を包まれる。
 ジェイクに抱き締められているのだと悟った瞬間、孔雀眼が大きく見開かれた。

「たとえどこにいようと……どれだけ離れていようと、一生、お前を想い続けるよ」
「っ!」

 そんな事を言わないでほしい。
 折角の決意が揺らいでしまう。
 笑って見送ろうと決めたのに。

 フォンはジェイクの背に回した手に力を込めた。

 どうかそんな言葉を言わないで──泣いてすがってしまいたくなるから。
 泣いて、行かないでくれと言ってしまいそうになる。
 フォンは唇を噛み締め、ジェイクの肩に顔を埋めた。
 この手を離さなければ。ひとこと側にいてほしいと告げれば、きっとジェイクはここにいてくれる。
 自分の夢すらなげうって、フォンの隣にいてくれるだろう。
 それはとても甘美な夢だ。
 だが、フォンにそんな事出来ない。



「ジェイク、ジェイク、ジェイク……」

 フォンは言葉に出来ぬ思いの代わりに、ジェイクの体を力一杯抱き締めた。

 今だけ。これで最後だから──

 そう自分に言い訳して、ジェイクの優しさに甘える。
 フォンは、自分の唇でジェイクの唇をふさいだ。


 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ