イルゲネス

違う道に何を見る
1ページ/7ページ




 遠くに自分を讃える声が聞こえる。
 新たなる元首誕生に、皆が歓喜していた。
 腐敗政権を倒した、若く美しい国家元首フォン・フォーティンブラス。
 七年の歳月をかけて手に入れた勝利の裏に、どんな苦悩が隠されていたかを知っているのは──たったひとりだけだ。



「フォン」
「ジェイク……」
 執務室に入ってきた男に、フォンは笑みを浮かべた。
 この男がいなければ、自分はここまで来れなかった。
 きっと重荷に耐えかねて、潰れていただろう。
 ジェイクはフォンに歩み寄ると、優しく笑った。
 長い年月、互いの腕がどれだけ血塗れになっても、この笑顔だけは変わらない。
 ジェイクの温かさだけは、変わらない。

 ジェイクはフォンの就任演説が立派だったと言って微笑んだ。
 他の誰に言われるより嬉しい言葉に、自然と顔がゆるむ。
「ジェイク、これからも──」
 側にいて欲しい。
 自分の側で、自分を支えていて欲しい。笑っていてほしい。
 そうすればきっと、自分は何ものにも負けたりしない。
 フォンがそう告げようと──ジェイクに触れようと腕を伸ばした時、空色の瞳がかげった。
「その事なんだが、フォン──」
 次に発せられた信じがたい台詞に、フォンの秀麗な顔が驚愕に歪んだ。





「軍を辞める!? 本気なのか!」
「何の相談も無しに決めて、すまないと思ってる」
 指先が冷たくなる。
 心臓は早鐘を打っているのに、体に血が巡っていないような錯覚を覚えた。

 ジェイクの真剣な表情に、その言葉が嘘や冗談の類いなどでない事はわかる。
 だが──

「お前なら、もう大丈夫だ。もう、俺なんかいなくたって」
 細められた瞳には、温かく柔らかな光が宿っている。
 ジェイクは本当に心の底からフォンを信頼し、もう自分が側にいなくとも良いと、そう判断したのだ。

「ジェ、イク……」
 声が掠れる。
 喉に大きな塊が詰まったように、言葉が上手く出てこない。
 だってそうだろう?
 ほんの数分前まで、ジェイクは自分と一緒にいてくれる事を、1ミリも疑っていなかったのだ。
 明日も明後日も、一年後も五年後も。
 ジェイクは自分と笑い合っているのだと信じていた。ジェイクが側にいない人生など、想像した事も無かった。
 それが、足元から瓦解していく。


 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ