イルゲネス
□違う道に何を見る
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遠くに自分を讃える声が聞こえる。
新たなる元首誕生に、皆が歓喜していた。
腐敗政権を倒した、若く美しい国家元首フォン・フォーティンブラス。
七年の歳月をかけて手に入れた勝利の裏に、どんな苦悩が隠されていたかを知っているのは──たったひとりだけだ。
「フォン」
「ジェイク……」
執務室に入ってきた男に、フォンは笑みを浮かべた。
この男がいなければ、自分はここまで来れなかった。
きっと重荷に耐えかねて、潰れていただろう。
ジェイクはフォンに歩み寄ると、優しく笑った。
長い年月、互いの腕がどれだけ血塗れになっても、この笑顔だけは変わらない。
ジェイクの温かさだけは、変わらない。
ジェイクはフォンの就任演説が立派だったと言って微笑んだ。
他の誰に言われるより嬉しい言葉に、自然と顔がゆるむ。
「ジェイク、これからも──」
側にいて欲しい。
自分の側で、自分を支えていて欲しい。笑っていてほしい。
そうすればきっと、自分は何ものにも負けたりしない。
フォンがそう告げようと──ジェイクに触れようと腕を伸ばした時、空色の瞳がかげった。
「その事なんだが、フォン──」
次に発せられた信じがたい台詞に、フォンの秀麗な顔が驚愕に歪んだ。
「軍を辞める!? 本気なのか!」
「何の相談も無しに決めて、すまないと思ってる」
指先が冷たくなる。
心臓は早鐘を打っているのに、体に血が巡っていないような錯覚を覚えた。
ジェイクの真剣な表情に、その言葉が嘘や冗談の類いなどでない事はわかる。
だが──
「お前なら、もう大丈夫だ。もう、俺なんかいなくたって」
細められた瞳には、温かく柔らかな光が宿っている。
ジェイクは本当に心の底からフォンを信頼し、もう自分が側にいなくとも良いと、そう判断したのだ。
「ジェ、イク……」
声が掠れる。
喉に大きな塊が詰まったように、言葉が上手く出てこない。
だってそうだろう?
ほんの数分前まで、ジェイクは自分と一緒にいてくれる事を、1ミリも疑っていなかったのだ。
明日も明後日も、一年後も五年後も。
ジェイクは自分と笑い合っているのだと信じていた。ジェイクが側にいない人生など、想像した事も無かった。
それが、足元から瓦解していく。