イルゲネス

Jの受難
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 ジェイクが熱を出した。
「38度5分……風邪だな」
 受け取った体温計に眉をしかめるフォンに、ジェイクは苦笑する。
「今日が休みで良かったよ」
 普段は耳に心地良いテノールも、風邪菌のおかげで酷い有り様だ。
 フォンは額に乗せたタオルを取り替えてやりながら、小さく溜め息をつく。
「どうしてこんなに悪化する前に言わなかったんだ」
 今朝までジェイクの不調に気付かなかったフォンは、若干恨めしげだ。
 そんなに自分は頼りないのか。と、目で尋ねる。
 するとジェイクは、また苦笑しながらゆっくりと首を横に振った。
「お前に、心配かけたくなかったんだ…」
「それでこうなったら、本末転倒だろ」
 フォンの拗ねた声音に、ジェイクは素直に謝る。
「悪い……」
「いいから今日は寝てろ」
 布団をジェイクの首元まで引き上げてやると、フォンは立ち上がった。
「食事を取ってくる。きちんと栄養を取らなきゃ、治るものも治らないからな」
「ははは。これじゃいつかの逆だな」
 以前、フォンが肋骨を折った時の事を言っているのだろう。
 フォンはその時の事を思い出して、少しだけ顔をしかめた。が、すぐに元の表情に戻ると、行ってくると呟く。
「あ。待ってくれ、フォン」
「?」
 フォンを呼び止めたジェイクは自分のクローゼットを指差す。
「放浪土産に、凄くよく効く風邪薬を貰ったんだ。引き出しに入ってるから取ってくれ」
「……大丈夫なんだろうな?」
「東洋三千年の秘伝の代物だそうだ。今時、天然物しか使ってないらしい」
「…………」
 激しく胡散臭いが、ジェイクは自信満々だ。
 フォンは渋々、ジェイクのクローゼットを開けた。
「どこだ?」
「引き出しの一番上だ」
「…………ああ、これ──」

 パタンッ

「……何で閉めるんだよ?」
 閉じたクローゼットの扉に頭をあずけ、フォンは無言でジェイクを見た。
 取りあえず。一度でもこのクローゼットの中の品物を使う気配を見せたら、クローゼットごと火を放ってやろうと心に誓った。



「引き出しの一番上の……ラベルの貼ってない瓶だ。赤い蓋の」
「これか」
 取り出した瓶の中身は、薄茶色の粉が入っていた。
「ほら」
「サンキュー」
 受け取ったジェイクはミネラルウォーターの蓋を開けると、その中にさらさらと薬を混ぜる。
「じゃあ、食事取ってくるから、大人しく寝てろよ」
「ああ、わかった」
 部屋を出たフォンは、医務室に寄ってちゃんとした風邪薬と胃薬を調達してこようと思った。

 しかし。フォンは気付いていなかった。
 ジェイクが言った引き出しの中には、同じ瓶に入った別の薬がもうひとつあった事に。


 
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