イルゲネス
□V
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大きく見開かれた碧の瞳に、己の鼓動が速くなるのを感じる。
自分が馬鹿な真似をしている事はわかっていた。
だが、もう後には引けない事もわかっていた。
フォンは一度瞳を伏せ、己の心を落ち着かせると、ゆっくり瞼を開いた。
「フォン……」
ジェイクは驚愕していた。
男に組み敷かれている事に、ではない。
あのフォンが、ここまで切羽詰まっている事に、ジェイクは心の底から驚いていた。
「ジェイク……」
切なげに自分を呼ぶ声。怖々と己に触れる指。
その姿は、儚く……そして、どうしようもなく愛しかった。
だが──
「フォン。退いてくれ」
ジェイクは己のパジャマのボタンにかかったフォンの指を優しく外す。
しっかり組み合わされていた指もほどき、ジェイクは再度退くよう、フォンに言った。
「ジェイク…」
「お前を抱く事は出来ない」
「……一度だけで、いいんだ」
「駄目だ」
ジェイクは半身を起こすと、自分の膝の上に乗る形になったフォンを抱き締めた。
「…ジェイク。愛してくれなんて言わない……嘘でいいんだ」
ジェイクの肩を強く掴み、もう一方の肩に顔を埋めて、フォンは訴える。けれど、ジェイクはひかない。
「愛してる、フォン。
だから、お前を抱けない」
いつもそうするように、フォンの背中を撫でながら、ジェイクは囁く。
「お前の心も、体も、どちらも傷付けたくないんだ」
「……傷付いたりなんかしない。後悔だってしない」
覚悟は決めたのだから。呟くフォンの頭を撫で、ジェイクは「駄目だ」と繰り返した。
「フォン……俺はお前の俺に対する執着が、恋とは思えないんだ」
「な、に…?」
クシャリと、フォンの中で何かがひしゃげる音がした。
「好きだ、フォン。
だけど、お前の“好き”や“愛”は本当に“恋”なのか? その想いは、俺に抱かれたいっていう欲求に繋がるのか?」
今まで心を許せる友達のいなかったフォン。両親を無惨に奪われたフォン。
そんな彼が、自分に対する想いを“恋”と勘違いしているのではないか?
本来なら両親へ向けられる筈の愛情や、たくさんの友人に向かう筈の友情が、ジェイクただひとりに向けられた現在。フォンはそれらの感情を、恋と思い込んでるのではないか。
それはジェイクの中でずっと引っ掛かっていた疑問だ。
そして、それ以外にフォンが自分に恋心を抱く理由が、ジェイクには思い付かなかった。
そう思って口にした台詞だったが、それは即ちフォンの想いを否定する言葉だった。