イルゲネス
□T
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それから。フォンとジェイクの“恋人ごっこ”は続いている。
いや、それは恋人ごっことすら呼べないままごとだった。
甘言を囁くでもなく、体を重ねるでもなく。精々、くちづけを交わし、抱擁をするくらい。
仲の良い兄弟か、親友の域を僅かに越えたに過ぎない。
が、フォンはそれだけで満足しており、ジェイクの与えてくれる温もりに、甘えていた。
しかし──
「最近、よく眠れてるみたいだな」
けして広くはないベッドに身を寄せあい、ジェイクはそう囁いた。
“恋人ごっこ”には、同じベッドで眠る事も含まれているのだ。
「お前が、側にいてくれるから…」
微かに石鹸の匂いを薫らせるジェイクの胸元にすりより、フォンは微笑む。
ジェイクと一緒に眠るようになってから、深く眠れる日が増えていた。
薬を使わなくとも、穏やかな眠りにつく事が出来る。
ジェイクの存在そのものが、フォンにとっては精神安定剤なのだ。
「おやすみ、フォン」
「おやすみ、ジェイク」
額と目元のほくろに触れるだけのくちづけ。
それは幼い頃、父がしてくれたおやすみのキスだった。
以前、何かの機会にフォンが話した事を覚えており、ジェイクは父の代わりをしてくれる。
『せめて兄ちゃんくらいにしておいてくれよ』なんて、苦笑していた姿を思い出す。
流石に二十二で、父親呼ばわりされたら凹む。と、言っていたのを思い出し、少し笑った。
だが……
「さっさと寝ろよ」
「ああ」
あやすように何度か背中を撫でられ、目を閉じると、ジェイクの寝息が聞こえてくる。
その吐息が深く、本当にジェイクが眠っているのを確認すると、フォンは目を開けた。
整った顔立ちと、夜目にもあざやかな金髪。
ジェイクの寝顔を見ながら、小さく吐息をついた。
自分がこんなにも欲深だとは知らなかった。そう自嘲するように、再度溜め息が出た。
フォンは、ジェイクが自分を恋人として見ているとは思っていない。
唇へのくちづけが無い事や、抱擁が慈しみ以上の感情を宿していない事がその証拠である。
だが。告白をした時にも言ったが、フォンはジェイクの事を“家族”として“親友”として“恋人”として好きだった。
けれども、ジェイクは違う。
兄、もしくは父の代わりとして……そして親友として、ジェイクはフォンを大切にしてくれる。
そこに“愛情”はあれども“欲”は無い。
あふれんばかりの愛情を注がれて……それ以上を望むなんて、罰が当たる。
それがわかっていながらも、フォンはジェイクが欲しいと、そう思い始めていた。
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