イルゲネス

我、君を思う
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 何者かに撃たれたフォーティンブラスが目を覚ましたと聞いて、ニコラスは病室へと急いだ。
 室内が妙に騒がしいのは、あの男と自分の部下達がまだ言い争っているからだろう。

「さっさと追い出せ。閣下の御体に障る」
 付き従っていた部下に指示を出すと、ニコラスは引きずられるように部屋から追い出されるジェイクィズを無言で睨み付ける。
 だが、当の本人はニコラスの視線に気付いてない。彼はただただフォーティンブラスの名を叫んでいた。





「閣下、御気分はどうですか?」
 医者の検診が終わり、やっと静寂が訪れた病室で、ニコラスはベッドに半身を起こしたフォンの前に立った。
 輸血したとはいえ、血が回りきっていないのか、唯でさえ色白な顔が一層蒼白く見える。だが。
「あれからどうなった?」
 ニコラスを見上げるフォーティンブラスの視線は普段と同じ力強い光を放っている。
 その事に、ニコラスは心の内で安堵すると、持ってきた書類を捲りながら、事後状況を語った。
 アンジェが襲撃犯を取り逃がした事まで報告すると、フォーティンブラスはそうか。とだけ呟いて、孔雀眼を手元に落とす。
 その目が、フォーティンブラス自身の拳に向かっている事に気付いたニコラスはすぅっと瞳を細めた。
 本人に自覚があるかどうかは定かではないが、フォーティンブラスはニコラスが入室してからずっと──ひょっとしたら、それよりもっと前から──己の左手を撫でていた。まるで、何かの痕跡を探しているように。

 何か? 否、それが何かなんてわかりきっている。
 叩き出そうとしたあの男が、ずっとフォーティンブラスの左手を握り締めていたのを、ニコラスは自分自身の目で見て知っていた。

「それでは、閣下。自分は処理に戻ります」
「任せたぞ、ローデン大佐」
 低く響く声音こそ普段と変わらぬが、フォーティンブラスは己自身が目覚めるまでジェイクィズが握っていてくれた手に触れている。
 そんなにあの男の温もりが欲しいのか。そう言ってやりたいのを、ニコラスは飲み下した。





 部下へ指示を飛ばしながらも、脳裏にちらつくのは血に染まったフォーティンブラスと、親友の名を叫び続けたジェイクィズの悲痛な声。
 フォーティンブラスには自分がいないと。だと?
 何とおこがましい発言か。
 学生時代ならいざ知らず、現在のフォーティンブラスには自分達がいる。あんな奴がいなくとも、自分達さえいればフォーティンブラスは大丈夫だ。
 そう信じて……信じようとして、信じきれていない自分に、ニコラスは目を閉じた。
 本当の意味で、フォーティンブラスが欲しているのはジェイクィズだけだという事を、ニコラスは知っている。
 フォーティンブラスが、自身の一番深い場所に触れる事を…立ち入る事を許したのはジェイクィズだけだ。
 その事に嫉妬した。だが、今ジェイクィズはフォーティンブラスの側にはいない。
 自らフォーティンブラスから離れた男が、どの面さげて、自分でなくてはならない。などと口にするのだ。
 先にフォーティンブラスを裏切ったのは……彼の期待を裏切ったのは、あいつじゃないか。
 他の誰よりもフォーティンブラスに信頼されていたくせに、彼から離れる事を選んだのは、ジェイクィズ自身の選択じゃないか。
 腸が煮えたぎる思いとはこの事だ。自分の価値というものを理解していないあの男が、どれ程憎らしかっただろう。

 だが、その怒りよりも大きな疑問がひとつある。



「フォーティンブラス。貴方は──」
 何故ジェイクィズを手放そうと思った?
 こんなにも長い間、思い続けるくせに何故、ジェイクィズを自分の側から離そうと思ったのだ?


 ジェイクィズの側にいる時だけ、たくさんの感情と表情を見せたフォーティンブラスを知っている。
 他の誰に頼る事はしなくとも、ジェイクィズにだけはすがったフォーティンブラスを知っている。
 なのに何故、ジェイクィズを手放した?
 それはジェイクィズがもう必要ないと思ったからではないのか。彼がいなくとも、もうひとりで大丈夫だと思ったからではないのか。
 なのに──



「フォーティンブラス。いつまであの男に囚われているつもりだ……」
 苦く吐き出されたニコラスの呟きは、誰もいない静寂の廊下で霧散した。



 end...
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