イルゲネス

羽根の無い天使
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 フォンがいない。そう聞いてアンジェが一番に向かったのは、元首官邸内でフォンが執務室の次に過ごす時間の長い場所。
 彼が保護した動物達の元であった。



 庭には沢山の動物達が住んでいる。美しく体を改造され、人並みの頭を与えられながらも、必要無いと棄てられたもの達。
 自分もそのひとつに過ぎないのだろうと、ここに来る度、いつもそう思ってしまう。
「でも、それでも俺は……フォンが俺を必要としてくれるなら、それで十分だ……」
 寄ってきたハイブリットユニコーンの背を撫でてやりながら、アンジェはそう呟いた。

「そんな所で何をしているんだ、アンジェ」
 名を呼ばれて振り返ると、この庭で唯一無改良な黒馬に跨がったフォンがいた。
「フォンを探しに来たんだ」
 そう答えると、フォンは馬から降り、さらりと指通りのいいアンジェの金髪を撫でる。
 撫でてから一瞬、何か違和感を感じたようにフォンの表情は歪んだが、それもすぐに消えた。
「フォン…?」
「何でもない」
 もう一度アンジェの頭を撫でると、微かにフォンの呟きが耳に届いた。
 同じ金髪でもやはり違うな──
 その言葉が何を指すかは、アンジェにはわからなかったが。



「…ねぇ、フォン。その馬だけは無改良なんだよね?」
「ああ。そうだ」
 確か、まだ学生の頃からの愛馬だと親衛隊長のニコラスに聞いた。
 何故かこの黒馬の名前の話になった時はいい顔をしなかったけれど。
「その馬の名前、フォンがつけたの?」
「何故そんな事を聞く?」
「…なんか、フォンのイメージと合わないから」
 この黒馬の名前はシロ。どこかの国で“黒”という意味を持つのだと聞いたが……

「俺がつけたんじゃない」
「やっぱり」
 アンジェが調べた時、“シロ”という言葉は“白”という意味を持っていた。
“黒”を表す言葉は“クロ”だ。
 フォンがそんな初歩的なミスをするとは思えない。そう言うと、フォンはくすくすと珍しく屈託のない表情で笑った。
 何がそんなに可笑しかったのかわからないアンジェが首を傾げると、フォンは再び絹糸のような金髪を撫でる。

「シロという名は友人がつけたんだ。そいつの馬は白馬で“クロ”という名前だった」
「それ、わざと?」
「さあな」
 多分、違うだろう。と答えて、フォンはシロの鬣を引っ掻くようにすいてやった。
 するとシロは鼻先をフォンにすりよせて甘える。
「時々、真面目な顔でこちらを驚かせるような事をする奴だったからな…」
「ふーん」
 すりよってくるシロをあやすフォンの顔には“黒の元首”“イルゲネスの独裁者”といった険しさは無い。



 時々。本当に時々だけれど、こんな表情のフォンを見ると、心臓を掴まれたような感じがする。
 自分の命より大切だと、一番に想うフォンにこんな表情をさせるのが自分で無いという事実が、悲しくて悔しくて仕方無い。
 どうしたらフォンにこんな顔をさせられるかと……そう思う事自体がおこがましいのかもしれないけれど。
 でも、自分にとってフォンは──



「アンジェ」
「え……?」
 突然、視界が高くなった。
 フォンに抱き抱えられたのだと気付くと同時に、驚きで硬直した。
 だって、こんな事をされたのは初めてだったから。
「下を向くな、アンジェ」
「フォン……?」
「お前はその名の通り、天を舞う者であるんだ」
 自分と同じ孔雀眼が、陽光に輝く金髪を眩しがって細められる。
「お前はイルゲネスを救う天使になるんだ、アンジェ──」
「──うん」



 貴方が願うなら、天使にだって悪魔にだってなってみせる。

 けれど、もし叶うなら……





「俺は貴方だけを救う天使になりたいよ、フォン──」



 end...
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