イルゲネス

想う心
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 ひんやりと冷たい風。北風に黒髪を揺らす姿を発見して、レイは苦笑した。
「こんなとこにいると風邪ひくぜ、怪我人」
 独特の機械音をたてながらこちらに車椅子ごと向き直るフォンに、レイは歩み寄る。
「傷がふさがったからって無茶すんなよ」
「この程度の傷、なんでもない」
 一時は三途の川を渡りかけた男の台詞ではないが、確かに傷の大半は完治していた。失われた左足と、麻痺の残る右足を除いて。

「散歩すんのはいいけど、あんま遠く行くなよ」
 車椅子の後ろに回り込み、それを押しながらレイは年上相手に説教めいた事を口にする。
「いくら傷の治りが早いからって、無くなった脚が生えてくるわけじゃないんだ。無理しないほうがいいぜ」
「……お前に心配される日がくるとはな」
 腹の前で両手を組み合わせると、フォンは小さな苦笑を浮かべる。
 ほんの少し前まで、どちらが殺すか殺されるかという関係だったのに…。時間というのは流れるのが早い。
 そう思って微苦笑するフォンに対し、レイは車椅子を押しながら同じように笑う。
「それは俺の台詞だって。きっとジェイクがいなかったら、こんな……」
 その名前に、フォンの表情が陰るのがわかった。感情が表に出にくい奴だと思っていたが、慣れればそうでもないとレイは知った。
「……アンタ、まだ気にしてんのか。ジェイクの腕の事」
「……あれは、俺のせいだ」
 わざと感情を圧し殺した声に、レイは数日前の出来事を思い出す。
 フォンとジェイクの容態がやっと落ち着いて、対面が叶った日の事だ。

 互いに四肢が欠落している事は医師に聞いて知っていた。
 それでもジェイクは笑って、フォンと再会した。生きてて良かったと、笑顔でフォンの前に立ったのだ。
 だが、それとは対称的に、フォンは今にも泣き出しそうな顔でジェイクと対面した。恐らく、その場にレイがいなければ、本当に泣いていただろう。



「ジェイクも言ってただろ。アンタのせいじゃないって……アンタは悪くないって」
「巻き込んだのは俺だ。あいつの優しさに甘えて、最後まで切り捨てる事が出来なかったからだ……」
 たとえジェイクの意思を無視してでも、もっと早く距離を置いておけば。フォンは悲しげにそう言った。
「フォーティンブラス……」
 レイは静かに沈むフォンを見下ろし、一度深く呼吸をする。そうしてから、ゆっくりと口を開いた。
「ジェイクには、言うなって言われてたんだけどさ……」
 振り返るフォンにレイは苦く言い放つ。それは、フォンの知らないジェイクの言葉だった。


 
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