イルゲネス

Lの焦燥
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「フォンって、普段セレナさんとどんな話してるんだ?」
 そう尋ねたのは、見舞いにバーン家を訪れたレイであった。
「何だ、急に」
 質問の意図が読めず、首を傾げるフォンに対し、レイはんー。と唸る。
「いや、クルダップとニコラスがさ、フォンとセレナさんて仲良いって言ってたから」
「まあ、不仲ではないが」
 淡々と答えるフォンに、レイは何やら複雑な表情。レイの、セレナへの淡い想いに気付いていないフォンは、やはり首を傾げるばかりだ。
『ニコラスもクルダップも、その辺は心配無いとか言ってたけどなぁ…』
 仕方無い事とはいえ、少なからず想っている女性の元に、自分と同じ人造体とはいえこんな完璧な男がいるのは少々気になる。
 しかも昔から親しかったとか言われれば、やはり気になってしまうのがまだまだ年若いレイの本心だ。
「どんな話をしていると言われてもな。普通に世間話だ」
「あんたの普通の基準がわかんない」
「……」
 若干機嫌を損ねただろうか。微かにフォンの眉間に皺が寄る。
「えっと…だからさ……」
「そんなに気になるなら、本人に聞け」
 フォンがそう呟くと同時に、ちょうど玄関を開く音。買い物に出ていたバーン兄妹が帰ってきたらしい。
「何だレイ、来てたのか」
「あらレイくん、久しぶり!」
 大荷物を抱えて入ってくるふたり。レイとの久方ぶりの再会に瞳を輝かせるセレナの荷物をジェイクは受け取り、ゆっくりしてけよ。と言い残して部屋を出ていった。荷物を片付けにいくらしい。
「ありがとう、兄さん」
 自分の分の袋も持っていってくれた兄に礼を言いながら、セレナはレイの隣に腰かける。
「本当に久しぶりね、レイくん。元気だった? 無理してない?」
「はい、大丈夫です」
 自分の事を心底心配してくれるセレナに、にこりと笑みを見せ「セレナさんも元気でしたか」と聞き返す。
「ええ。やっぱり実家にいる方が落ち着くわ。
 それに、今はフォンさんもいるし」
 セレナの瞳がフォンに向けられる。その瞳が本当に嬉しそうで、レイの心臓をチリッと焼いた。

「レアティーズが、普段俺達がどんな会話をしているか聞きたいそうだ」
 唐突に再開された先程の問答。
 キョトンとした表情のセレナに、レイは慌ててさっきフォンに言ったのと同じ台詞を繰り返す。
「普段フォンさんとどんなお話しをしているか? そうね。やっぱり兄さんの話かしら」
「…へぇー」
 まあ、それはそうであろう。フォンとセレナの関係は、“親友の妹”と“兄の親友”なのだから。
 少し安心したレイがほっと息をつく間も、セレナは楽しそうに話を続ける。
「フォンさんとは昔から話が合うから」
「話…って?」
「兄さんの」
「……」
 何と答えたものかと言葉を探すレイに気付かず、セレナはにこにこと兄の話を始めた。
「兄さんの髪って、とっても綺麗なのよ。お日様の下だと特にキラキラしてて。それにすっごく指通りがいいの」
「確かに絹糸みたいな手触りだな」
 触ってるのか!? と、突っ込む間もなく、セレナはうんうんと同意を示す。
「そうなの。だから髪は長いままでも良かったんだけど、やっぱりちゃんとした格好の方が兄さんは似合うと思うわ。
 フォンさんもそう思いません?」
「ああ。だから今は毎日髭も剃らせてるし、髪にも櫛を入れさせてる」
「本当にフォンさんがいてくれて良かった。家族だけだと、すぐだらしなくなっちゃうから」
「…………」
 駄目だ。もうどこから突っ込んでいいのかわからない。
 レイは思わず突っ伏した。
 確かにジェイクは、きちんとした格好さえしていれば今でも女にモテそうな容貌をしていると思う。
 だが、レイにとってジェイクは十才以上年の離れたオヤジでしかない。世話焼きな性格も合わせると、感覚的には父親だ。容姿やら何やらをどーのこーのとベタ褒めする事なんて出来ない。
 というか、そもそも。“妹”と“親友”のする会話か、これは。
 ニコラス達があのふたりは心配無いと言っていた理由と、非の打ち所の無いセレナが未だ独身な理由がわかった気がする。



「十何年もこれなのか…」
「間に何年か空白はあるが、十三年くらいこうだ」
 突っ伏していたレイであったが、その返事に顔を上げた。
「よく飽きないよなぁ」
 まるで他人事のように呟くジェイクの顔を見上げてから、視線をフォンとセレナに戻す。
 十三年もこれなら、確かに今更心配する必要は無いだろう。
 だが、何やら自分の淡い想いは一生叶わないのだろうと思わずにはいられないレイであった。



 end...
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