イルゲネス U

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 いつも血の繋がらぬ“弟”がやってくるのより少し遅い時刻。不意に現れたのは、ほんの少し前まで部下だった男――ニコラスであった。

「……久しぶり、と言うべきだろうか。フォーティンブラス」
「そうだな……」

 ふたりの間に流れる空気はどこかぎこちない。
 この五年、元首と親衛隊隊長という立場を外して会話をした事の無かったふたりは、ひょっとしたら対等な友人であった頃の自分達を忘れてしまったのかもしれない。

 ベッドに腰かけたままのフォンと、立ったまま椅子に座ろうともしないニコラス。
 ふたりの間に流れる沈黙は、フォンのひとことによって唐突に破られた。





「すまなかった、ニコラス」
 座ったままだが、深々と頭を下げたフォンの姿に、ニコラスは大きく目を見開いた。
 そうして、フォンのそんな姿なんて見たくないと言わんばかりに頭を明後日の方向に向ける。



「よしてくれ! 君にそんな事を言わせるために、こんな所に来たんじゃない!」
 ニコラスは大きく首を左右に振ると、フォンに頭を上げるよう告げた。

「…………」
「…………」
 ゆっくりフォンが頭を上げるのを見届けてから、ニコラスはどかりと椅子に腰を下ろす。
 腕を組み、むすりと押し黙ったニコラスは怒りにかられているようだが……彼のその態度が言葉を探している時の癖だと知っているフォンは、先じて口を開いた。



「せめてお前にはもっと早くに、俺の正体を告げるべきだったと思う。……だが、言い出せなかった」
「…………」
「言い訳になってしまうが、お前を信頼していなかったわけじゃない。けれど、俺は……っ」

 ぎゅっとシーツを掴むフォンの拳が細かく震えている事に気付いたニコラスは、小さく息を吐き出す。
 そして、もういいんだ。と、ゆるく首を振ると――





「フォーティンブラス、俺はずっと君が好きだった」
 するりと出てきた愛の言葉。
 この十三年間、胸の中で燻り続け、敬愛と信奉という衣で隠し続けてきた想いは、口に出してみればあまりに軽くなっていた。
 どろりと濁り、腐ったと思っていた感情は、開いてみれば極々ありきたりな“初恋”という小さく儚い代物だ。





「え……ぁ……」
「フッ。君のそんな表情は初めて見たな」
 言葉の意味がわからないのか、それともあまりに意外すぎる言葉だったのか、フォンは瞬きを繰り返し、短く“え?”とか“ぁ……”を繰り返す。

 動揺を隠せないフォンの表情に、やはり自分の想いにはまるで気付いていなかったかと悲しくなるが……それと同じくらい、下手したらそれ以上に、フォンにそんな顔をさせられた事が嬉しかった。



 初めて君に勝てたな、フォーティンブラス――



 そんな事を考えながら、ニコラスは口許を隠して小さく笑った。


 
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