イルゲネス U
□V
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「私達の事、恨んでいるでしょうね……」
彼は優しいから、その問いに頷きはしないかもしれない。
そう思いながらも問うと、フォンは少し視線をさ迷わせてから静かに言った。
「俺を生んでくれた事には感謝しています。ですが――」
一瞬、フォンの瞳が揺れる。彼の脳裏を過ったのは、あの男の横顔だった。
「……アイネス。ジェイクにエッフェンバッハ博士の居場所を教えたのは貴女ですね?」
アイネスは答えなかった。だが、他にいない事はわかっていた。
エッフェンバッハ博士はフォンを恐れ、フォンの視界に入らないよう隠れるように暮らしていた。そんな彼の存在を知っていたのは、彼女しかいない。
「その点についてだけは、恨みます」
孔雀羽色の瞳に、暗い光が揺らめいた。静かな怒りの焔だ。
「貴女が余計な事をしなければ、いくらジェイクでも、俺の元に――軍に戻ってくる事は無かったでしょう。
あんな傷を負う事は無かった筈だ」
シーツを掴んだフォンの手に力がこもる。いくつもの皺の寄る白い布をちらりと見下ろし、アイネスは口を開いた。
「彼を……ジェイクィズを、本当に大切に思っているのね……」
あの惨劇の夜。ただひとりフォンのために泣いてくれた男。
あんな恐ろしい事をしでかしたフォンを怖がるでもなく、厭うでもなく、真摯に泣いてくれたジェイクィズ。
十年以上の時が経過し、フォンが独裁者となっても、彼は変わらずフォンを思ってくれていた。
そして、フォンもまた彼を――
「ジェイクィズを愛しているのね――?」
「はい……」
迷う事なく、フォンは頷いた。
まだたった十三才……脱槽していくらも経たぬ頃に疑似親を亡くしたせいか、ずっと他者に対して壁を作っていたフォン。
そんなフォンの頑なだった心を解きほぐしてくれたジェイクが、ただの友人でない事は薄々気付いていた。
同性に恋をした事に対し、少なからず心配はあった。その事が、いつか完璧に造った筈の彼のひずみとなるのではと、懸念もしていた。
だが、フォンは一切歪まなかった。
彼はこちらの想像以上に育っていたのだ。
『いつか子供は、親を越えていくというけれど……』
彼程、その言葉を体現した“子”はいない。
「アイネス……?」
黙りこんでしまったアイネスを不思議そうに見やるフォンに、彼女はここに来た目的を告げた。
「……フォン。私は貴方のその苦しみを軽くしたいの」
「それは、どういう――」
「今の私でも、貴方の中からジェイクィズの記憶を消し去る事は出来るわ」
驚愕に、フォンは瞳を大きく見開いた。