イルゲネス U
□T
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レイは、今日もまたその習慣を繰り返す。
返事を返さない男の部屋をノックし、扉を開ける。
ベッドに半身を起こした男の顔を見て「今日は顔色がいいな」と、笑う。
そして――
「レアティーズ……ジェイクに会わせてくれ」
繰り返されるその願いに、レイは今日もまた首を横に振った。
フォンが意識を取り戻してから、しばらく経つ。
始めは、機械から伸びる何本もの管やコードで命を繋いでいたフォンも、今は自身の力で呼吸し、食事を出来るまでに回復した。
しかし。喪われた左足と動かない右足は“完璧な人造体”と評されるフォンですらどうにもならず、この真っ白な小部屋ひとつが今の彼の世界だった。
「はい、新聞」
「…………ああ」
すっかり習慣となった問答をあっさりと切り上げ、レイは小脇に抱えていたいくつもの新聞を渡す。
パソコンどころかラジオひとつ持ち込む事を禁じられたこの病室で外界を知るには、こうやって古典的に紙片をめくるしかない。
本当に読んでいるのかと疑いたくなるスピードで新聞をめくるフォンの横顔を見ながら、レイは心の内で安堵の溜め息をついていた。
『少し、落ち着いたな……』
数日前、ジェイクに会いたいとしつこく言い募るフォンに、レイは残酷な事実を伝えた。そうでもしないと、彼は諦めないと思ったからだ。
レイは偽る事なく、ジェイクの右腕が喪われた事を告げた。
酷な事をしている自覚はあったが、レイは信じていたのだ――フォンはそれくらいでは揺らがないと。
今にして思えば、そうであってほしいと、信じたかっただけかもしれない……。
その時のフォンの狂乱を、レイは今でもはっきり覚えている。
レイと同じ色の、青緑の瞳が大きく見開かれた。
その時のフォンは、まだ自分で上半身を起こす事すら出来なかったというのに、彼は――
『! フォンッ!?』
けして広くは無い病室に、大きな音が響いた。
フォンがベッドを下りた――落ちた音だ。
左脚は付け根辺りで切断され、右脚は動かす事すら出来ないのに、フォンは這うようにして床を進む。
『ちょっ、何してんだよアンタッ!』
レイはフォンの体を正面から抱きすくめるようにして押さえ込もうとする。
けれど、予想以上にフォンの力は強い。
まるで溺れる人間のように、大きく腕を振って、レイを追い払おうとするフォン。