イルゲネス U


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 静かな夜だ。
 見上げた空は月が高く、雲が早い。
 明日は晴れ舞台なのだから、晴れてくれよ──と、願うばかりだ。





「ふぅ……」
 吐き出した紫煙が風にかき飛ばされるのを目で追いながら、ジェイクは空を仰いだ。
 あと数時間もすれば夜が明ける。
 待ちに待った日。フォンが──愛しい男が、この国の長になる日。
 どれほどこの日を待ちわびていた事か。

「八年、か……」
 初めてフォンと出会った日からもう八年。
 自分より小柄で、華奢だった美しい少年。そんな彼が、明日から国を背負って立つ国家元首だ。
 感慨もひとしおである。

「もう、思い残す事はねえな」
 ジェイクは煙草をデスクの上の灰皿でもみ消すと、その隣に置かれた紙片に視線をやった。
 必要事項は全て書いた。あとは軍のトップであるフォンのサインさえあれば受理される。
「怒る……よな。やっぱ」
 ニコラスやクルダップには話した。だけど、フォンには何の相談もしていない。

 軍を辞める事を──



『ふざけるなよ、ジェイクィズッ!』
 今にも殴りかかってきそうなニコラスを止めてくれたのはクルダップだった。
『ジェイク……お前、本気か?』
 友人達が自分を惜しんでくれているのはわかった。
 だけど、意志を変えるには至らない。
 自分はもう、ここに……フォンの側にいる必要の無い人間だ。





 コンコンッ

「ん? 誰だ……?」
 時刻はすでに零時過ぎ。人の部屋を訪れるには少々遅い時間である。
 ジェイクは怪訝な顔をしながらも、ノックを繰り返すドアに向かった。

「ニコラス? それとも、クルダップか?」
 数時間前、物言いたげにしていた友人達の顔を思い浮かべながら扉を開ければ……そこにいたのは想像だにしていなかった人物であった。
「フォン……?」
「夜分にすまない」

 今、ある意味一番顔を見たくなかった男の急な来訪に目を見開いたジェイクであったが、寒い廊下に立たせておくわけにもいかず、部屋に招き入れた。


 
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