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の悲劇
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 一週間前。大規模な抗争が一件片付いた。
 当初ボンゴレ側は嵐の守護者と彼直属の部下達のみが前線に出ていた。主の身の危険を何より誰より案ずる彼は、優し過ぎる主君が戦火に己の身を投じると言い出す前に、自ら前線に立つ事を志願したのであった。
 始めはその提案に渋ったドン・ボンゴレであったが、敵対組織の規模・戦力・その他を考慮し、指揮官は獄寺ひとりでも問題無かろうと最終的には許可を下した。
 だが、敵対マフィアの戦力はこちらの予想を大きく裏切り、裏で繋がっていた闇商人から得たリングと匣で肥大化していた。
 己のミスを悔いる暇もなく、ドン・ボンゴレはヴァリアーに救援を要請。嵐の守護者が己の無力さに腹を立て、謝る主君に逆に平身低頭しているうちに、抗争はヴァリアーの介入であっという間に終止符を迎えた。
 そして現在。ボンゴレの支援で急速に復旧を遂げる抗争地の視察を終えたドン・ボンゴレこと沢田綱吉は、手土産とともに珍しくひとりでヴァリアーの本部を訪れていた。



「うっわぁ。めっずらしい。何しに来たのさ、ツナヨシ」

 談話室の広いソファに寝そべり、子供のように足をばたつかせていたベルフェゴールは興味津々な様子で訪問者を見上げる。
 不干渉を条件にドン・ボンゴレの元につく契約を交わしたヴァリアーの本部に綱吉が訪れた事は今までほぼ皆無に近い。また、基本的に綱吉は彼等とは相容れない類いの小市民的性質の人間でもあるから、余程の緊急事態か内密な話でもない限り好き好んで暗殺部隊のアジトなどという非常識な場所には来ようとはしない。
 だが今回綱吉はヴァリアーに対し借りがあるため、こうしてわざわざ出向いたのだ。

「うん。この間のお礼言おうと思ってさ」

 綱吉は持っていた包みの内一番小さなひとつを残し、あとのすべての箱をローテーブルの上に置く。おそらくケーキが入っているであろう有名スイーツ店のロゴが印字されたその包みに室内にいたベルフェゴールを含む6名の視線が向かう。一週間前の抗争に駆り出された幹部の面々はその報酬として休暇を与えられ、計らずしも今現在この談話室に集合していたのだ。

「この前、ルッスーリアが美味しいって言ってたお店の。ちょっと多く買い過ぎちゃったかもしれないけど……」

 綱吉が開けた箱から現れたのは予想通り輝かんばかりのスイーツ達。
 それを見るとベルフェゴールは調子っぱずれの口笛を鳴らし、ルッスーリアはお茶をいれなくちゃと足早に談話室を出て行く。レヴィは部屋の隅で無言を貫き、マーモンが無駄遣いもいいとこだねと呆れれば、ヴァリアーボスは無言でスイーツを親の敵のように睨み付け、銀髪の副官が皆を代表してツッコミをいれた。

「多いにも限度ってもんがあるだろうがぁっ」

 おそらく店にあった商品を一品ずつ全品買ってきたのであろう。狭くない筈のテーブルはうめつくされ、空気は暗殺部隊に有り得ない程甘くなっていた。

「食べ切れなかったら、他の隊員にも配ってよ」

 綱吉はあっさりそう言い放ち、有り得ない早さでティーセットの乗ったカートを押して帰ってきたルッスーリアにありがとうと微笑んだ。





 結局。甘いものが得意ではないザンザスとスクアーロ、嫌いではないが体が小さい故少量しか食せないマーモンがひとつずつ。菓子大好きなベルフェゴールは三つ、ルッスーリアと綱吉はふたつ、レヴィはザンザスの「さっさとその甘ったるいもんを持ってけ」との言葉を受け、残りのスイーツを部下に配りに談話室を出ていってしまった。

「ところでドン。そちらは何かしら?」

 紅茶のカップを手渡すルッスーリアの視線が唯一開封されなかった箱に向かう。箱の表面が無地なところを見ると、店で買ったものではないようだ。

「これ……ね」

 綱吉の琥珀色の瞳がすうっと泳ぎ、辿り着いた先はテーブルを挟んで向かいに座る……

「何見てやがんだぁ」

 気まずそうに綱吉は曖昧な笑みを浮かべ再び視線を彷徨わせたが、部屋にいる全員…特にスクアーロの隣にいるザンザスの鋭い視線に根負けしてか、件の箱を手にすくりと立ち上がった。

「なんだぁ、いったい」

 怪訝な表情のスクアーロと視線を合わせないようにしながら、綱吉はローテーブルを回り込んで箱を差し出す。

「スクアーロに。……ビアンキ……獄寺くんのお姉さんから」

 それがどれほど大層な爆弾なのか、知る者は綱吉以外この場にひとりもいなかった。



「へぇ。ハヤトって姉貴いたのかよ。王子初耳」

 すでに二つ目のケーキに手を伸ばしていたベルフェゴールは咥えたフォークをぶらぶら揺らしながら、しししといつものように笑う。

「で、そのハヤトの姉貴が何でスクアーロに貢ぎもん寄越すわけ?」

 ベルフェゴールの疑問はその場にいた皆の疑問であり、綱吉は何故かまた視線を彷徨わせる。

「えっと。この前の抗争でさ、戦闘中獄寺くんの危機を間一髪の所でスクアーロが助けたっていうのをどっかで誰かから聞いたらしくて…」

 その礼を個人的にしたいと、わざわざ手製のケーキを綱吉に持たせたらしい。本当は本人が自分で持って行きたいと言ったのだが、一騒動どころでは済まないだろうと超直感無しに悟った綱吉がありとあらゆる手段を用いてやめさせたのだった。
 だが、勿論そんな事ヴァリアーの面々は知る由もなく、ベルフェゴールはからかいの笑み浮かべた。

「ふーん。スクアーロ狙いなんて、マニアックな女」

 ケーキを頬張りながら笑うベルフェゴールに苦々しい視線を送り、スクアーロは綱吉が差し出した箱を押し返した。

「……いらねぇ」
「あら、いいのスクアーロ。三十路過ぎでやーっと来たかもしれない春なのに」

 ルッスーリアにまでそんな事を言われ、スクアーロの額に青筋がはっきり見える。

「うるせえっ! いらねぇもんはいらねぇんだよっ!!」

 ぐっと綱吉に押し付け、スクアーロはさっさと持って帰れと視線で脅す。しかし綱吉も、はいそうですかとおとなしく引き下がるわけにはいなかい。こちらとて命懸けなのだから。

「ちょっ、困るよ! 貰ってってば!」

 腕力ではスクアーロに遠く及ばないものの、綱吉も負けじと箱を押し付ける。このままこれを持って帰った日には、ビアンキに「ツナ貴方おつかいのひとつも出来ないの」と、叱られる……どころか、確実に命が無い。そういう所は変に神経質で律義なのだ、彼女は。

「食べなくていいから貰ってよ!」
「食わねえもんもらってどぉすんだぁっ!」

 互いに箱を押しつけ合う綱吉とスクアーロを見やる他のメンバー。勿論止める者などひとりとしていない。精々ルッスーリアがあらあら困ったわね。と頬に手を当てて呟いているくらいだ。

「いいから貰ってってば!」
「テメェッ、いい加減しつけえぞぉっ! 何でそんなに――」

 ふとスクアーロの台詞が止まった。それどころか胸に押し付けられた箱を凝視している。
 年下の上司のしつこさに折れたように見えなくもなかったが、その表情は怪訝なものだ。

「どうしたんだい、スクアーロ?」
「ハヤトを弟にする気になったのかよ」

 気の早い事を口にするベルフェゴールの声すら届いてないように、スクアーロの視線は箱に向かっている。
 さすがに様子が変だと年少ふたりが顔を見合わせていると、隣で紅茶に口をつけていたルッスーリアが静かにと唇に人差し指を当てた。
 スクアーロと同じように怪訝な表情を浮かべながらも口を噤み耳を澄ますふたり。
 聞こえてきたのは甘い団欒には有り得ないような異常音。

 ブッシュ〜ッ
 ジュワジュワーッ

 音の出所は探すまでもなかった。



「…ねぇ、ドン」
「何っ、マーモンッ!?」

 異常音と漂い出した異臭に頬を引きつらせていた綱吉はオーバーリアクションで、カップに手を伸ばすフードの赤子に向き直った。

「ビアンキって名前聞いた事がある。
 確かあのリボーンの愛人の名前だった筈だ」

 本人かと尋ねれば、綱吉は引きつった表情のまま「う、ん…」と頷いた。

「ししし。スクアーロ、赤ん坊に負けてんのかよ」

 笑うベルフェゴールの隣でマーモンは紅茶をひとくちすすってから続けた。

「確かその女、毒サソリとかいう異名を持ってた筈だけど」
「ゔっ……」
「んまあ、随分物騒なお名前ね」
「てかその名前、王子聞いた事あんだけど」

 趣味が十年前から変わらず殺し屋殺しのベルフェゴールはポイズンクッキングを使うフリーのヒットマンだよなと、的確にその特徴を言い当てしししと歯を出して笑った。

「やっぱスクアーロ狙われてんじゃねーの?」
「別の意味で。よねぇ、それ」

 物騒な話にも彼等が呑気なのは職業病というより所詮他人事だからなのだろう。

「…………大丈夫っ! 下心とかは入ってないから! 入ってるのは感謝の心だけだから!」
「テメェッ、何自分上手い事言った。みたいな顔してやがるっ! 全然上手くねぇぞぉっ!!」

 お人好しな綱吉らしからぬ程うさん臭い笑顔にスクアーロはあらんかぎりの怒声をぶつける。
 しかし、今日の綱吉は命懸けとあってそれくらいの事では折れない。また先程と同じやりとりが繰り返されようとしていた。だがしかし。


 
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