イルゲネス

V
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 フォンとジェイクが仲違いをしたらしい。という噂は、すぐに学年中……学校中に広まった。
 部屋替えが、あの日の翌日に行われたからだ。
 ジェイクはジャニスの元へ行き、フォンのルームメイトは、ニコラスになった。





「おはよう。フォン、ニコラス」
「ああ……」
「…………」
 教室に入った途端響く、よく通る澄んだ声。
 まるで何も無かったように、朗らかに挨拶をするジェイク。
 それが空元気だと気付いている人間はいったい何人いるか……。

 ニコラスは眉間に皺を寄せながらも短く返事を返す。
 が、一緒に教室に入ってきたフォンは、無表情で何も言わない。
 もう数日、こんな状態が続いていた。
 クラスメート達も皆、フォンとジェイクの間に何かいさかいがあったと気付いてはいるが、遠巻きにするばかりで積極的に関わられずにいる。
 ジェイクはともかく、フォンがまとう「寄るな触るな近寄るな」オーラに恐れをなしてしまっているからだろう。





「おい、ジェイク。何やらかした知らないけど、さっさとフォンに謝っちまえよ」
 とある日の昼休み。
 クラスの空気の悪さに耐えかねて、クラスメートを代表したクルダップがそう進言した。
“フォンとジェイクは常に、共に”
 クラスメートどころか、他のクラスや他学年にまでその認識は浸透しているらしく、一人きりもしくはフォン以外の人間と食堂にいるとやたら視線を感じた。勿論、今もだ。
「別に喧嘩をしたわけじゃない」
 いつも笑みを絶やさぬジェイクらしくない表情で、そんな台詞が苦く吐き捨てられる。
「喧嘩じゃないなら、いったい……」
「…………フラれた」
 簡潔に答えれば、その返答は流石に予想外らしく、クルダップは馬鹿のように口を開いて、まじまじとジェイクを見つめた。
「お前……」
「だからな、クルダップ。ほとぼりが冷めるまで、静かにしててくれ」
 聞きたい事は山程あった。
 だが、よく見るとうっすら隈が浮かび、顔色のよくないジェイクを前にすると、好奇心も同情も、枯れてしまう。
「……わかった。クラスの奴等には、俺から上手く言っとく」
「悪いな……」
 ろくに食事も喉を通らないのか、いつもの半分程度の昼食が手付かずで放置されている。
 心なしか色艶の悪い金髪に視線を送りながら、クルダップはひとつだけ疑問を口にした。
「フォンはお前の事、嫌いって言ったのか?」
 はた目にも、フォンがジェイクを特別視していた事は、クルダップも気付いていた。
 控え目に言っても、フォンがジェイクを嫌うとは思えないのだが……。そんな事を口に上らせれば、ジェイクは自分の左頬に手を添えて苦笑する。
「嫌われない方が、逆にきつい場合もある……」
 その答えに、クルダップの中の全ての疑問は封じられた。


 
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