イルゲネス
□幸福論
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まるで初夜の花嫁のようだ。
フォンはジェイクに抱き抱えられて、寝室に運ばれた。
最初。抱き抱えられる事に対し、フォンは難色を示したが、どちらにしろ車椅子では二階に上がれないし、こちらの方が早いからとジェイクに押しきられてしまった。
「……相変わらず、強引な奴だな」
「んな、むくれるなよ」
お姫様抱っこでベッドまで運ばれたフォンは、怒ったようにジェイクから視線を反らして、そっぽを向く。
なのに。ジェイクは機嫌良く笑いながら、またフォンにくちづけを贈った。
「……何故、そんなに楽しそうなんだ?」
キスされた頬をさすりながら、フォンは首を傾げる。
今のジェイクは本当に、新婚の夫のようだ。
「そりゃ、五年ぶりにお前に触れられるんだから。嬉しいに決まってるだろ?」
物語の姫君のように優しく手を取られ、指先に唇を押し当てられる。
たったそれだけの事なのに、体温が三度は上昇した気分だ。
「お前は……」
取られていない方の手で顔の半分を覆い、フォンは小さく吐息をつく。
ジェイクの顔を直視出来ないくらい顔が赤くなっているのが、自分でもわかった。
「フォン」
「なん──」
何だ。と、尋ねる前に、ベッドに押し倒される。
多少の衝撃はあったが、痛みを感じなかったのはジェイクが上手く支えてくれたからだ。
普段は大雑把なくせに、こういう所は繊細で驚かされる。
それと同じで、先程までの笑顔が引っ込み、少し泣きそうな顔で微笑まれると、フォンは驚愕して、何の抵抗も出来なくなってしまった。
「ジェイク……」
「もうお前を離さない。もう、二度とお前から離れたりしない」
生きていてくれてよかった──
かすれた声は、どんな小さな音も聞き逃さないフォンの耳に、確かに届いていた。
「……ジェイク、すまない」
フォンは指先で、ジェイクの右肩から腕にかけてを撫でる。
どれ程精巧に造られていても、人の肉とは違う感触に、涙が零れそうだ。
「泣くなよ……」
「泣いてない……もう、泣くものか」
涙なら、退院したジェイクと会ってすぐに渇れる程流した。
右腕を失ったジェイクにしがみつき、子供のように泣きながら謝罪を繰り返すフォンを、ずっと抱き締め、あやしていてくれた。
あれから、涙は流していない。
ジェイクがそれを望まないと知っているから、一度だって。
「互いに生きてたんだ──生きて、話をして、こうして抱き合えるんだ。
泣く理由なんてどこにも無いさ。
いったいこれ以上、何を望めっていうんだ?」
「ああ……そうだな……」
互いがいるからこそ、この世界が輝いて見える。
幸せが、体を満たしてくれる。
フォンはジェイクの首に腕を回して引き寄せると、くちづけをねだった。