イルゲネス

幸福論
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 まるで初夜の花嫁のようだ。
 フォンはジェイクに抱き抱えられて、寝室に運ばれた。
 最初。抱き抱えられる事に対し、フォンは難色を示したが、どちらにしろ車椅子では二階に上がれないし、こちらの方が早いからとジェイクに押しきられてしまった。

「……相変わらず、強引な奴だな」
「んな、むくれるなよ」
 お姫様抱っこでベッドまで運ばれたフォンは、怒ったようにジェイクから視線を反らして、そっぽを向く。
 なのに。ジェイクは機嫌良く笑いながら、またフォンにくちづけを贈った。
「……何故、そんなに楽しそうなんだ?」
 キスされた頬をさすりながら、フォンは首を傾げる。
 今のジェイクは本当に、新婚の夫のようだ。



「そりゃ、五年ぶりにお前に触れられるんだから。嬉しいに決まってるだろ?」
 物語の姫君のように優しく手を取られ、指先に唇を押し当てられる。
 たったそれだけの事なのに、体温が三度は上昇した気分だ。
「お前は……」
 取られていない方の手で顔の半分を覆い、フォンは小さく吐息をつく。
 ジェイクの顔を直視出来ないくらい顔が赤くなっているのが、自分でもわかった。

「フォン」
「なん──」
 何だ。と、尋ねる前に、ベッドに押し倒される。
 多少の衝撃はあったが、痛みを感じなかったのはジェイクが上手く支えてくれたからだ。
 普段は大雑把なくせに、こういう所は繊細で驚かされる。
 それと同じで、先程までの笑顔が引っ込み、少し泣きそうな顔で微笑まれると、フォンは驚愕して、何の抵抗も出来なくなってしまった。



「ジェイク……」
「もうお前を離さない。もう、二度とお前から離れたりしない」

 生きていてくれてよかった──

 かすれた声は、どんな小さな音も聞き逃さないフォンの耳に、確かに届いていた。





「……ジェイク、すまない」
 フォンは指先で、ジェイクの右肩から腕にかけてを撫でる。
 どれ程精巧に造られていても、人の肉とは違う感触に、涙が零れそうだ。
「泣くなよ……」
「泣いてない……もう、泣くものか」
 涙なら、退院したジェイクと会ってすぐに渇れる程流した。
 右腕を失ったジェイクにしがみつき、子供のように泣きながら謝罪を繰り返すフォンを、ずっと抱き締め、あやしていてくれた。
 あれから、涙は流していない。
 ジェイクがそれを望まないと知っているから、一度だって。



「互いに生きてたんだ──生きて、話をして、こうして抱き合えるんだ。
 泣く理由なんてどこにも無いさ。
 いったいこれ以上、何を望めっていうんだ?」
「ああ……そうだな……」
 互いがいるからこそ、この世界が輝いて見える。
 幸せが、体を満たしてくれる。

 フォンはジェイクの首に腕を回して引き寄せると、くちづけをねだった。


 
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