暗い夢

食卓は戦場
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「不味い」



そう呟きが聞こえた後、びしゃっと熱い液体が全身に降り注いだ。



頭から豆腐や大根がズルッと落ちて、髪の毛の先から液体が滴る。
状況を理解しようと無言で頭をなでてみれば、すでに頭はびしょ濡れで、私の手からはおみそのいい香りが漂った。


(なんだ、)


どうやら私、目の前で不機嫌そうにイスに腰をかけたブン太から、みそ汁をぶっかけられたらしい。
その証拠に、白い洋服がみるみるうちに茶色に染まってゆく。作りたてのみそ汁は若干の熱を持って、私の皮膚をじんじんと焼いた。



せっかくブン太のためにご飯を作ってあげたのに、ブン太は不機嫌そうにどっしりと私の向かいに座り、一向にご飯に手をつけようとしない。
それどころか、何が気に入らないのか茶碗に盛られたご飯を手で払い、机の下に落っことす。
ご飯は飛び出しクシャッとこぼれ、床には茶碗だけがゴロゴロと転がった。
私はその動きを目で追った後、自分用に盛られたご飯とみそ汁を凝視する。


(不味い、だなんて酷い)

(でももしかしたら本当に、不味いのかしら)



箸ですくったご飯を一口放り、ずずっとみそ汁をすする。
 
口内に、どこか懐かしい和風な味覚が広がった。




(なんだ、美味しいじゃないの)




少しぬるくなったみそ汁だけど、味はまあそれなりに美味しいと思う。予想以上の出来映えに、自分の料理の腕もなかなかのものなんだなと自信過剰な感想を頭に並べ、私はブン太を気にせず無言で食を進めた。

そして当のブン太は、私がシカトぶっこいて一人黙々と食事をしている事が気に食わなかったのか、余計にイラだった様子で突然机の足を思い切り蹴飛ばした。
その瞬間グラグラと机が揺れて、お椀の中のみそ汁が少しだけ卓上にこぼれる。





(ああ、もう)




ブン太はいつもそう。
私がブン太の存在を無視すると、決まって近くにある物に当たるのだ。つまりは、甘えん坊で寂しがり屋な構ってさん。(本人に言うと更に怒りを煽ってしまいそうなだけだから、口には絶対に出さないのだけれど、)確実にブン太はそれだと思う。

そんな事を思っているうちに、何も反応を示さない私に更なる苛立ちを覚えたのか、先ほどよりも強い力で再度机の足を蹴り飛ばした。

私の食べかけだったみそ汁入りのお椀は傾き、そのまま机に液体のほとんどがこぼれてしまう。
 


なんて事だろう、スカートにまで染みを作ってしまった。



(ありえ、ない)



さすがの私も、心の内に静かに沸々と湧き上がる怒りを感じたために、この怒りをどうにかして治めようと無表情でブン太を見る。そして、まだ若干残っていたみそ汁をブン太に向かって思い切りぶっかけてやった。ついでに釜飯に手を突っ込んで一掴み分を握り、それもブン太に向かって勢いよく放り投げた。保温したての釜飯は熱を持っていたために手を火傷させてしまい、じんじんと火傷特有の痛みが走る。が、それを気にしないようにとすぐに意識をそらす。



「なにすんだよ」



静かにゆっくりと立ち上がったブン太の頭からは、ズルリとご飯の塊がこぼれ落ちた。そうして私の胸倉を掴み持ち上げ、思い切り私の頬を殴りつけた。


「ぅぐ…っ」


視界の場面がめちゃくちゃに移り変わって、まるでジェットコースターにでも乗っているかのような錯覚を起こす。なんだか酔いそう。




(ぐるぐるぐるぐる、ああ私、飛んでる)




ガンっと鈍い音が響いたとき、私の視界が安定した。
気付けば私は鼻から血を流して床に倒れ込み、数滴の血痕を滴らせていた。


 



「本気うぜえお前、そこで一生くたばってろ」



私を見下ろしそう言い捨てたブン太は、散らかした食べ物たちを片付けようともせずさっさと自分の部屋にこもってしまった。
私は強く頭と顔をぶつけたせいで、未だ身体を起こす事なんて出来やしなくて、床に這いつくばりながらその場を眺めた。そこには、飛び散り床にこびりついた私の血と、散乱した残飯。



(ああもう、)
(ブン太の奴、これを誰が片付けると思っているのよ)



不自由な身体を必死に支え、心の中で悪態をついた。













(とりあえず、ティッシュ)

 
 

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