dream
□渡邊オサム2
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「ええよ、付き合うても。その代わり、好きにならんといて。」
オサムちゃんにそう言われたのは、二時間前のこと。
私は一言めにぬか喜びして、もう一言めにショックを受けた。
と言うか、もう既に好きになっちゃってる場合はどうしたらいいんですか。質問しようとして、付き合うことが無しになったら嫌なので止めた。事が終わり(及んだ場所が場所だからか)愛撫の為に、最低限にだけ乱れた制服を整えながら、少し意地悪な意味合いも含めて問い掛ける。
「好きじゃなくても、こういうこと出来るんだね」
「おーおーそうか、幻滅したかー」
「ううん」
そんな事で幻滅出来る事なら、こんなことになる前に簡単に嫌いになって、そのド派手な花柄のシャツに今テーブルの上に乗っている冷めたコーヒーをぶっかけているに違いない。
そのやる気無さそうな垂れた瞳とか、掴み所の無い飄々とした態度とか、全部が好きだ。
「…適わんなァ、そんな目で見んといて」
ひらひらと手を振って、形式的に嫌な顔をされた。
「そんな目って、どんな目ですか」
「オサム先生の事が好きで好きで堪らんわァ、って目」
「………。でも、口には出してない、よ」
「はーん…、そう返す、か。……あのなージブン、そーゆーの“減らず口”、っちゅうんやで、オトナの世界では。覚えとき。」
言葉を返す前に、乾いた薄い唇をごく自然な流れの様に押し当てられた。その余韻に浸るか、或いは驚きに任せて自分の唇を押さえている間に、先生はその場から立ち上がり、スタスタと意識を持って横開きのドアに向かって歩いていく。
「っ、オサ─…」
「忙しいセンセはこれから部活に顔出さなあかんからなー、ほなサヨーナラ」
「…っ…さよう、なら」
絞り出すように告げた別れの言葉は、ドアが開いて閉まる音と被って殆ど消えてしまった。
「──…はー、何で卒業まで待てんかなー、俺は」
ボロいサンダルの滑る音を廊下に響かせながら階段へと向かうオサムちゃんが小さく独り言ちた言葉を、私は知らない。
線引きは大人の仕事
(だから君はなにも考えなくていいよ)
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