story

□Oh,my baby!
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ああ、一体俺の苦悩はいつまで続くのか。


「銀ちゃんが好きヨ。」


頬を薄く染めて柔らかく微笑みながら、少女はサラッと俺の心を奪ってしまった。

それはもう、いとも簡単に。

それまで自分の想いをひたすら誤魔化し続けていた俺の涙ぐましい努力なんかお構い無しに、この少女はアッサリと俺の心を鷲掴みにしてしまったのだ。


"愛しい"


俺の中でいつの間にか芽生えていた想い。

自覚したその感情に、最初は柄にもなく戸惑ったりもしたものだったが。

今まであれこれと悩んでいた自分が馬鹿らしくなって思わずため息が出る。

だがこうなったらもう、これ以上自分の気持ちを誤魔化して否定する理由なんてどこにもない訳で。

これから始まるであろう神楽とのめくるめく甘い生活を想像し、俺は期待に胸を膨らませた。

更なる葛藤の日々が待ち受けているとは夢にも思わずに。





現実というものは、思い通りにいかないってのが世の常で。

俺は自分が今置かれている状況に軽い眩暈を覚えた。

チラリと目線を下に向けると、鮮やかな朱色の髪に目映いほどの白い肌。

ソファーに座った俺の肩に体を預け、それはもう幸せそうな顔で眠りこけているのは愛しい愛しい少女。

(ハァ…何でコイツはこんなに無防備なんだ…)

静まり返った万事屋で、俺のため息だけがやけに大きく響いた。


ここ数日間を振り返ってみると、あの期待に胸膨らませた甘い生活はどこへ行ったのやら、俺達は以前と何ら変わりのない日々を送っていた。

触れたいのに触れられない。

この悩ましい俺の胸中など誰が理解できようか。

今の俺はと言えば、神楽という愛しい存在を前にどうすることもできず、ただ手をこまねいているだけの状態な訳で。

本音は今すぐにでも神楽を自分のモノにしたい。

俺だって男だしね。

だけど、無邪気な笑顔を向けられるとどうにも躊躇ってしまうのだ。

それに何より。

大切にしたいと思ったから。

だからこそ、暴走しそうになる欲望にブレーキをかけて、グッと耐える覚悟を決めたのだ。

もう少しこの少女が大人になるまでは、と。

それなのに。

俺の苦悩など露知らず、この少女は俺の心を振り回すのだった。

しかも、当の本人は無意識、無自覚ときたもんだから質が悪い。

ふとした時に見せる表情や仕草にドキリとさせられることなんてしょっちゅうで。

今みたいな生殺し状態のまま、眠れぬ夜を過ごしたことなど数知れない。

無邪気すぎるのも困ったものだ。

だが、そうやって少女の一挙一動に振り回されながらも、結局はそれを甘受してしまっている自分は、もう相当ハマッているのかもしれない。

今の俺は端から見ればどんな風に映ってるんだろうか?

新八曰く。

俺は神楽に"メロメロ"らしい。

…ってオイオイ、いい年した大人の男が少女にメロメロってどうなんだ。

思わずそうツッコミたくもなるが、自分のこれまでを振り返ってみると、やっぱり俺は神楽に"メロメロ"なのだろう。

まだ少しあどけなさが残る寝顔に自然と口元が緩む。

「…ん、銀ちゃ…」

「!」

(…って何だ、寝言かよ…ってか、寝言で俺の名前を呼ぶとか反則だろ、コノヤロー。)

思えばいつもこんな風に神楽に調子を狂わされっぱなしで。

今の俺には大人の余裕なんてあったもんじゃない。

自分ばかりが振り回されてる気がして、それがまた悔しくて。

そう思うと、途端にちょっとした悪戯心がフツフツと湧いてきた。

神楽の耳元に口を近づけ低く囁いてみる。

「…あんまり無防備にしてっと…襲っちまうぞ?」

なんて。

だが、不覚にも自分の放ったその言葉が、今まで胸の奥に抑えていた欲望に火をつけてしまった。

「………。」

気づけば神楽に覆い被さって、その柔らかそうな唇に口付けを落としていた。

ほんの一瞬触れるだけ。

それでもその刹那、身体中に痺れるような感覚が駆け巡る。

ああ、クラクラする。

その感覚に酔いしれ、何度も何度も口付けを落とす。

口に、瞼に、鼻に、頬に。

本人が寝てる時にズルイとは思ったが、どうにも止めることができない。

いっその事、この少女が目を覚ますまで口付けを送り続けてみようか?

そんな考えがふと頭をよぎり、目を覚ました神楽が一体どんな反応をするのかと、その光景を想像しただけで背筋がゾクリとした。

やっぱ俺ってドSだわ、ウン。

自然とにやけてくる口元を片手で覆い、一向に起きる気配のない少女を見下ろす。

この先、夢にまで見ためくるめく甘い生活が訪れるかどうかは、神楽の反応次第って訳で。

未だ夢の中にいる少女には届かないだろうと知りつつも、俺はもう一度その耳元で低く甘く囁いた。


「…覚悟、しとけよ?」




end.
 

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