story

□キラキラ
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それは何の前触れもなく突然起こった。

いつもと変わらない朝。

新八に声をかけられ、眠い目を擦りつつ身体を起こす。
顔を洗っておいで、の声にウ〜ンとあくび混じりの返事をして台所兼洗面所となっている流しに向かうと、後ろから新八が銀ちゃんにも声をかけてるのが聞こえてきた。
冷たい水で顔を洗ってタオルで水気を拭き取る。
目も覚めてスッキリとしたと顔を上げれば、鏡越しにまだ半分寝ているような顔をした銀ちゃんがそこに立っていた。

そこまでは別段いつもと変わらない朝の光景だ。
だけど明らかにおかしい点が一つ。
一体、このオッサンは何を考えているのか。

「銀ちゃん…何やってるネ…」

「何って…何だよ?つーかオメェ、終わったんならそこ代われ。」

何言ってんだコイツ?みたいな表情をこちらに向けて顔を洗い始めた銀ちゃんの背中を見ながら、私は心の中で突っ込んだ。

(…イヤ、お前が何言ってんだヨ…)

朝っぱらから訳の分からないものを見せられて、わざわざそれを尋ねてやったというのにこの扱い。

銀ちゃんがどういう反応を求めていたのかは知らないけれど、ちょっとイラッときた私はこれ以上関わらずにスルーすることにした。

何か面倒臭いし、もし銀ちゃんがこのままそれを続けたとしても新八がどうにかしてくれるだろう。

(根っからの突っ込み体質だしナ。)

なんて、思っていたのに。


「「いただきます。」」

「……いただきますヨ。」

「………。」

ムシャムシャ

「………。」

モグモグ

「………。」

ズズッ

食卓に響くのはご飯を咀嚼したり味噌汁を啜る音、それにテレビからの音声だけ。

……え、無視?

新八の方にチラリと視線を向けると、ちょうどたくあんを口に放り込んだところで、パリポリと美味しそうな音を出している。
隣りを見れば、銀ちゃんも新八と同じようにパリポリやっている。

あっ、私も……じゃなくて!
たくあんに伸ばしかけた箸を一度止めて、でもその誘惑に勝てずに一切れ摘まんで口の中へ。

パリポリ

ウン、美味しい。

パリポリ

卵かけご飯も大好きだけど、白米にたくあんというのもまた最高の組み合わせだと思う。

パリポリ

パリポリ……って、三人仲良く何パリポリしてるんだ。

そうじゃないだろう。

イヤ、このたくあんスーパーの安売り品にしては美味しいんだけども。

この状況で何で新八は突っ込まないんだよと、逆に私が突っ込みたくなった。

自分の役割はどうした、新八。

「………。」

ムグムグ

「………。」

ズズッ

「………。」

パリポリ

「………。」

パリポリ

「………。」

ズズッ

「………。」


って、だから突っ込めよォォ!!


(オイ!いい加減にしろヨ、お前ら…!)

新八も新八だけど、銀ちゃんも何で普通にモグモグご飯食べてんだ。

誰も突っ込んでくれないからって開き直ったのだろうか。

私だけが変に気まずい思いをしているのが何だかおかしいみたいじゃないか。

「そういえば、銀さん…」

「…ん?」

「!」

(キター!!)

この微妙な雰囲気を終わらせることの出来る唯一の手段、それをようやく実行する気になったか。

(何でもいいからビシッと決めてやるアル、新八!)

期待の眼差しを向けながら、私は味噌汁をズズッと口に含んだ。

ウン、美味い。

「今日依頼人が来るのって十時でしたっけ?」

…ブハッ!?

予想外の言葉につい口に含んでいた味噌汁を勢いよく吐いてしまった。

「わっ!?ちょ…何、神楽ちゃん!?」

「オイオイ、きったねェなァ…もっとゆっくり落ち着いて食えや。」

呆れ顔の銀ちゃんがホラよとティッシュの箱を渡してくるのを受け取りながら、誰のせいだよと文句を言いたくなる。

イヤ、だけどそれよりもまず。

私は目の前で驚いている新八の胸倉を掴んだ。

「ちがうだろうがァァァ!!」

「…ええっ?十時じゃないの?」

「ハァ!?何とぼけたこと言ってるアルか!アァン!?」

「オイ、神楽。新八は間違ってねェぞ。約束は十時だ。」

銀ちゃんが落ち着けと宥めてくるけれど、そもそもの原因は銀ちゃんにあるのだ。

正直、依頼人との約束の時間なんて十時だろうが九時だろうがどうでもいい。

もう我慢の限界だった。

「銀ちゃん、いい加減にするネ!」

「は?何だよ、俺に当たんなよ。俺が何したって…」

「だからそのキラキラをいい加減にやめろって言ってるアル!」

「…あ?キラキラ?何言ってんのお前?」

この後に及んでまだすっとぼける銀ちゃんに、私は新八の胸倉から手を離してビシリとその元凶に指を突きつけた。

「さっきからずっとキラキラキラキラ…!眩しくってしょうがないネ!!」

「……へ?」

私の指と顔を交互に見ながら、銀ちゃんはマヌケな声をあげた。

「どういうつもりか知らないけど、いい年したオッサンが無駄にキラキラさせててもうっとおしいだけネ!とっととやめるヨロシ!」

「………。」

「……神楽ちゃん、それってひょっとして…」

新八が何かに思い至ったかのように声を発したのと、銀ちゃんがその顔にニタリと嫌な笑みを浮かべたのはほぼ同時だった。

「…ふ〜ん?俺がキラキラ、ねェ?」

「…な、何アルか?」

「別にィ?」

何このオッサン、すごく腹立つんだけど。
意味あり気な笑みがキモイ。

ついでに新八があー、そういうコトかみたいな顔で苦笑してるのも腹が立つ。

(一体何なんだヨ…)

っていうか、だからそのキラキラをやめろって言ってんのに。

二人を睨みつけると、銀ちゃんが訳知りな顔で私の肩に手を置いてウンウンと頷いた。

「まぁ、仕方ないか。銀さんが魅力的なのはどうすることも出来ねェし。」

「…はあ?」

何言ってんだ、コイツは。
誰が魅力的だって?

「…銀ちゃん、頭おかしくなったアルか?病院行った方がいいアル。」

「……全く素直じゃないね、お前も。」

チッと舌打ちをしながらも、銀ちゃんは私の顔を覗き込んだ。

「!?」

思わぬ至近距離に、銀ちゃんの眩しさにさらに拍車がかかる。

(うっ…ち、近いアル…!)

反射的に仰け反りそうになったけれど、銀ちゃんに肩を抑え込まれていて動けない。

すごく眩しいのに。
目を瞑りたいのに。

鼻先がぶつかりそうなくらい近づいた銀ちゃんの顔から何故か目が離せない。

「…っ……」

「…なァ、新八ィ。お前は俺がキラキラ光って見えるか?」

私に顔を向けたまま新八にそう問う銀ちゃんの意図が分からない。
だって、答えはイエスに決まってるじゃないか。

「いいえ。」

「なっ…!?」

「神楽ちゃん、僕には銀さんはいつも通りにしか見えないよ。」

ノーと答えた新八の表情も声も嘘をついてるようには思えない。

それなら、つまりは。

「……私だけ?」

「そういうコト。」

銀ちゃんがニヤリと笑った。

その笑みはいつも見ているものと同じなのに、何故か今はそれを向けられるとドキドキと落ち着かない。

何だろう、この感じは。

胸に手を当ててみても動悸が治まる気配はない。
それに何だか顔も熱くて変だ。

今、自分の身に一体何が起こっているのか分からない。

分からないけれど、とりあえずまずは。


「…っいい加減そのニヤけ顔をやめるヨロシィィィ!!」

「グハァッ!?」


右アッパーで吹っ飛んだ銀ちゃんはやっぱりキラキラと眩しく光って見えた。


私がそのキラキラの意味に気づくのは、まだもう少し先の話だ。




end.
 

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