story

□夢現つ
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「ひでェよ神楽!!」

朝起きて居間で顔を合わせるなり、目の前の銀髪は私に向かって悲痛な顔でそう叫んだ。

「俺というものがいながらお前は…っ!」

「……は?」

寝起きでまだ完全に覚醒しきっていない私に返せたのはそれが精一杯だった。

私の反応を見て、銀ちゃんはさらに酷い酷いと非難の言葉を吐き続ける。

もしかして寝ぼけてるんじゃないのか。

まだ寝間着のまんまだし。

とにかく一体何のことだかさっぱり分からない。

というか、よーく思い返してみれば、今何かとんでもないセリフを聞いたような。

「銀ちゃん、今何て…」

説明を求めようと一歩近づいた途端、勢いよく腕を引かれて抱きしめられた。

銀ちゃんは肩口に顔を埋めてぐずぐずと情けない声を上げる。

すがりつくように背中に回された腕からはジワリと熱が伝わり、それに反応して私の顔もカッと熱くなった。

柔らかい銀色の毛先が首筋の辺りに触れてくすぐったい。

「ちょっ、銀ちゃ…!」

「俺のことが好きだって言ってくれたじゃねェか!アレは嘘だったのか!?」

あまりにも衝撃的な銀ちゃんの言葉に、私はやっぱりこう返すことしかできなかった。

「………は!?」


 
この状況を一体私にどうしろというのか。

「えっと…」

薄々感づいていたというか、もうそれ以外考えられないんだけど、今の銀ちゃんは完全に寝ぼけていて。


だからと言って、その口から発せられた言葉は、私にとって到底聞き流すことなんてできないもので。


だって私の思い違いじゃなければ、さっきの銀ちゃんのセリフは。

「私のことがす、き…?」

思わず小さく声に出してしまった言葉に応えるように、腕の力が少し強くなった。

つまりは、そういう事なんだろう。

ずっと望んでいた。

だけどそれと同時に、そういう対象として見られることはないんだと、どこかで諦めていた。

それなのに。

「俺はこんなにお前のこと好きなのに…!」

ああ、ズルイ。

こんなの不意打ちすぎる。

しかも、当の本人は夢と現実の区別がついていないなんて。

「あんなに何度も俺のこと好きだって耳元で言ってくれたじゃねェか!」

いえ、一度も口に出したことはないんですけど。

ましてや耳元でなんて…想像しただけで恥ずかしい。

「それに、銀ちゃんは世界で一番強くて優しくてカッコイイって…!」

…そんなの思ったことすらないんですけど。

どんだけ都合の良い夢なんだ。

あぁ、でも結局は惚れた欲目ってのもあって、完全にそれを否定するなんてできはしないんだけど。

未だに私を抱きしめたまま、酷いだなんだと連呼する銀ちゃん。

だけど、それは単なる夢の中の事であって、現実の私にはとんでもない濡れ衣だ。

私が銀ちゃん以外の男を好きになる訳ないのに。

そんな私の本心を知らないこの男は、私を腕の中に捕らえたまま放してくれない。

何だか駄々を捏ねる子供みたいだ。

少し息苦しいけれど、それでも嬉しさの方が勝ってしまって、そんな銀ちゃんさえ愛しく思う。

そうしていつの間にか、私を酷いと非難していた唇は甘い愛の言葉を紡いでいて。

普段の銀ちゃんからは考えられないような甘い言葉の数々に、聞いてて恥ずかしくて居たたまれない気持ちになってくる。

いっそ文字通りに平手で叩き起こしてやろうか。

そんな考えが頭を過ったけれど、それはすんでの所で完全に目を覚ました銀ちゃんによって何とか回避された。

でも結局、赤い手形はつかなかったものの、全てを思い出した銀ちゃんの顔が真っ青になるという結果になってしまった。

無意識ってほんと恐ろしい。

そんな事を考えつつ、私は"現実の私"がまだ伝えていなかった言葉を、恥ずかしいのも覚悟して銀ちゃんの耳元で囁いた。


「銀ちゃん、好きヨ。」


顔面蒼白だった銀ちゃんが、耳まで真っ赤になったのは言うまでもない。




end.
 

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