story

□不器用な僕らは
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夢を見ていた。

いつもと同じ夢。

誰かがそっと俺の髪に触れる。

まるで壊れ物を扱うかのように、小さな掌が優しくゆっくりと髪を撫でていく。

何度も、何度も。

心地よい感覚に酔いしれる。

だけども一方で、それが辛いと、苦しいと感じる自分がいた。

泣きたくなるほど暖かくて。

そして。

とても苦しい。

そんな矛盾した想いを抱えながら、それでも俺は今日もまた同じ夢を見ていた。

細い指先が頬に触れる。

そこから熱がじんわりと伝わってくる。

「銀ちゃん」

名前を呼ばれ、胸が締めつけられたように苦しくなる。

俺のことをそんな風に呼ぶのは一人だけ。

刹那、小さく息を吸い込む音が聞こえた。

「…好き…」

その音はすぐに空気に溶けて消えてしまったけれど。

だけど、言葉は確かに耳に残っていて。

どうしようもなく胸がざわついた。

やがて、パタパタと足音が遠ざかっていき、ギィという鈍い音と共に扉が閉まる。

そこで俺はようやく息をついて、ゆっくり目を開けた。

そこには雲ひとつない眩しいほどの青空。

「……あー、よく寝た…」

誰もいない屋上に、自分の声がやけに大きく響く。

それは誰に向けてのものでもない。

ただ自分に言い聞かせる為だけの言葉。

さっきのは全部夢なんだと。

触れられた手の感触も、囁かれた言葉も何もかも。

そう、全てが夢であるべきなんだ、と。


 
その想いを自覚したのはふとした事がきっかけだった。

偶然見てしまったその光景。

神楽が男と抱き合っていた。

イヤ、正確に言えばそうじゃない。

階段を踏み外して落ちそうになった神楽が、たまたま近くにいた男に助けられただけのこと。

もしソイツが神楽の腕を掴んでいなければ、いくら丈夫な神楽と言えど、階段から落ちればかすり傷では済まなかっただろう。

そうわかっているハズなのに、あの時その男の腕の中にいる神楽を見た瞬間、自分でも驚くほどの激情に駆られた。

それが『嫉妬』だと気づいた時はもう遅くて。

いつの間にか神楽を教え子としてじゃなく、一人の女として見ている自分がいた。

だから。

『私、銀ちゃんが好きアル。』

俺は神楽を受け入れた。

神楽が俺に対して持つ感情は、恋情なんかじゃなく単なる憧憬だと気づいていながら。

焦っていたのかもしれない。

神楽が自分以外の誰かのものになるなんて考えられなくて。

だから願った。

どうか気づかないでくれ、と。

本当の自分の気持ちに。

そして、俺の自分勝手で醜い本心に。
 
神楽と付き合うようになって、日に日に自分の中の神楽への想いは強くなっていった。

だけど、その愛しさと共に募るのは拭いきれない後悔と罪悪感。

『銀ちゃん』

神楽が嬉しそうに俺の名前を呼ぶ度に、ズキリと胸の奥が痛んで。

そうして、俺は少しずつ神楽を避けるようになった。

それが神楽を傷つけてしまう事になると分かっていたけれど。

自分からはどうしても別れを切り出せなかった。

だからせめて、俺を嫌いになってくれたら。

そしたらきっと、俺も諦めがつくから。

そう、思った。

だけど。

神楽は別れを切り出そうとはしなかった。

それどころか何も言おうとせず、変わらず俺に笑顔を向けて話しかけてきた。

どうして笑っていられるんだ。

どうして何も聞こうとしないんだ。

そんな勝手な考えがグルグルと胸の内で渦巻く。

だから、その時の俺はまだ気づいていなかった。

気づいてやれなかった。

時折、神楽が泣きそうな表情をしていた事に。

不思議な夢を見るようになったのは、それから少ししてからだった。

誰かに髪を撫でられる。

ぎこちない、それでいて優しい手付き。

何事か囁かれたが、上手く聞き取れなくてもどかしくなる。

こちらから手を伸ばしてみても届かなくて。

ハッと目が覚めて起き上がると、そこにはいつもの屋上の光景。

でも、頬に残っているのは確かな手の温もり。

俺はそれが夢じゃなかったと確信した。
 
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