story
□甘く甘やかして
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昼休みの国語準備室。
窓の外の明るい陽気とは裏腹に、銀八と神楽の間には気まずいムードが漂っていた。
「銀ちゃ…」
「絶対ダメ。」
先ほどからの銀八の有無を言わせない態度に焦れて、神楽はついに声を張り上げた。
「…っ何でアルか!?銀ちゃん、さっきからそればっかりネ!」
「ハァ…お前ねェ、何度も教えただろ?男はみんな獣だって。」
首の後ろをボリボリと掻きながら呆れたように答える銀八に、神楽はなおも食い下がる。
「別に男と2人きりで行く訳じゃないって言ってるダロ。アネゴや九ちゃんも来るし…私もみんなと遊園地行きたいネ!」
「バッカ、オメェ…遊園地なんてあんなトコ行ってみろ。野郎に観覧車に連れ込まれてチューされんぞ。」
「そんな訳…」
「とにかくダメなモンはダメだ。」
もうこの話は終わりだと言うように神楽の言葉を遮り、銀八は白衣のポケットからタバコを取り出して火をつける。
「……銀ちゃんのケチ!わからず屋!もういいネ!」
そう言って神楽は勢いよく部屋を飛び出してしまった。
「あっ、オイ神楽…」
慌てて後を追って廊下に出てみるも、神楽の姿はもう見当たらない。
「ったく……」
銀八は開けっ放しになった戸をガラガラと閉めながら、ため息と共に白い煙を吐き出した。
放課後。
「もうあんな天パのことなんか知らないネ。銀ちゃんが何と言おうと私は遊園地に行くアル。」
膨れっ面でそう話す神楽に、新八は日誌を書いていた手を止めて苦笑した。
「それで神楽ちゃんさっきのホームルームで機嫌悪かったんだ。」
新八は神楽と銀八が付き合っていることを知っている。
たまたま銀八の家から出てくる神楽を見かけた時は驚いたが、2人が真剣な気持ちだという事がわかり、それ以来2人をこっそり応援してくれていたりする。
「銀ちゃん、最近特にうるさくなってきたネ。人前で、ましてや男の前ではメガネは絶対に外すなとか、スカートの丈が短いとか。」
口を尖らせて文句を言いながら神楽はビン底メガネを外してため息をつく。
「そう言えば神楽ちゃんがメガネをかけ始めたのって最近だよね。」
マンガに出てきそうな特徴のあるビン底グルグルメガネをしてきた時は、皆驚いたものだ。
「銀ちゃんがかけろって。これが今時のやんぐのおしゃれだからって。」
「……やんぐって。えっ、じゃあソレって伊達メガネなの?」
「そうアル。」
「へー…」
そう相槌を打ちながら、新八は目の前の整った顔立ちをまじまじと見ていた。
白い肌に、長い睫毛に縁取られた大きな青い目。
(…何か、先生が神楽ちゃんにうるさく言うのもわかる気がするな。)
「…何アルか?」
怪訝な顔をする神楽に、新八はフフッと口元に笑みを浮かべながら答える。
「イヤ、神楽ちゃんスゴく先生に大事にされてるんだなって思ってさ。」
「どーいう意味アルか?」
首を傾げる神楽に新八は眉をハの字に下げて笑った。
「そのまんまの意味だよ。神楽ちゃん自分では気づいてないかもしれないけど、結構男子から人気あるんだよ?」
「マジでか。」
「だから、先生きっと心配で心配でしょうがないんだよ。」
「………。」
俯いて何か考え込んでしまった神楽に、新八は書き終えた日誌を手渡す。
「ハイ、コレ書けたから先生の所に持ってって。」
ね?と微笑む新八に、神楽は頬を薄く染めながらコクンと小さく頷いた。
「…銀ちゃん、日誌持ってきたヨ。」
準備室の戸を開きながら神楽は遠慮がちに銀八に声をかけた。
いつも通り椅子に腰かけていた銀八が驚いたように振り向く。
「…あ、ああ。悪ィな、神楽。」
日誌を受け取ると、銀八はそれを見もせずに机に置いた。
「………。」
「………。」
お互い向かいあって立ったまま、だけども目も合わさずに黙り込んでいると、しばらくして神楽がおずおずと口を開いた。
「…銀ちゃん、昼間はゴメンネ。私やっぱり…遊園地行くの止めるアル。」
「あー…イヤ、ちょっと待て神楽。」
「え?」
不思議に思って顔を上げると、銀八が頭を掻きながら照れくさそうに目を逸らす。
「その…行ってこいよ。」
「銀ちゃん…!」
神楽は目を丸くした。
「昼間は俺も大人げなかったって思ってるし…」
「でも……いいアルか?」
「いいって。俺ァ連れてってやれねェし。」
そう言ってグシャグシャと頭を撫でると、神楽がフワリと嬉しそうに笑った。
「アリガト、銀ちゃん!」
(…あーもう、可愛いなコノヤロー)
結局自分は神楽に甘いのだと、銀八は十分すぎるほど理解していた。
「あー、でも一つだけ先生と約束して。」
「何アルか?」
差しだされた小指に自分の小指を絡めながら、神楽は銀八を見上げる。
「絶対に野郎と2人きりにならないコト。それからあんまり遅くならないコト。」
「一つじゃないネ。二つアル。」
「それから…」
「ちょっ、まだ何かあるのカ!?」
「それから、その日は先生んとこに泊まるコト。」
「銀ちゃん…」
「…わかった?」
グッと近づいてきた銀八の顔を見つめながら、神楽は真っ赤な顔で頷いた。
「……ウン。」
その様子に銀八は満足そうに目を細めると、神楽の顎をそっと掬って唇を重ねた。
ここは学校だという考えが一瞬神楽の頭を過ったが、甘く何度も口づけられてる内に何も考えられなくなってしまう。
チャイムの音を遠くに聞きながら、神楽はゆっくり目を閉じて銀八の口づけに応えた。
end.